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学芸員実習に思う(4) ~ 学芸員として働くということ ~






 「学芸員実習に思う」として、昔語りを3回書きましたが、学芸員志望の学生さんたちへ、もう1回だけ書き留めておこうと思います。


≪国鉄職員だからキップを切るのか、キップを切るから国鉄職員なのか≫

 私は、<仕事>という営為に対する関心があって、長い間いつもそのことを考えてきました。それは、自分の専門が日本近代史であるという理由では必ずしもなく、自らが一人の職業人であるというところから発しています。<仕事とは何か>、その疑問を解くために、識者の書物も読んできました。
 
 そのなかで出会ったのが、黒井千次氏の『働くということ 実社会との出会い』(講談社現代新書、1982年)です。黒井氏は、作家になる前、15年ばかり富士重工で会社勤めをしていました。自身の体験に基づくこの本に、私はとても共感したのです。黒井氏が経験した一つ一つの事柄には、それ固有の意味があると思われるので、本書全体の要約はしないでおこうと思いますが、工場配属を命じられた初日、女性課員に「ソロバンは四つ玉でいいですか」と聞かれ驚いた(ベテランの人たちは五つ玉を使っていた)という話にはじまる、細々とした会社の話の連続です。

 この本のなかで紹介されている、ある国鉄職員の問題意識は、仕事というものを考えさせられます。

 <自分は国鉄職員であるからキップを切るのか、キップを切るから国鉄職員であるのか>

 ある席上で、この話題を出した黒井氏に、ひとりの大学生が「なにをつまらぬ質問をするのかといった表情で」論理的な答えを述べたといいます。しかし黒井氏は、それは違うと思うのです。

 毎日毎日、繰り返し改札口でキップを切っている人間が、ある時ふと、俺は一体何をしているのだろう、と我が身を振り返る。ほんの一瞬であったにせよ、そのような思いが頭をよぎるのは、自分の労働に対する疑問がどこかにひそんでいたからではないだろうか。いや、その前に、かかる自問の形をとって噴出したのは、実はある種の痛みではなかったのか。
 (中略)
 こういう問いかけが次々に己を揺さぶり続けるには、好むと好まざるとにかかわらず、仕事というものが我が身の内に深く喰い込んでいなければならない。我がこととしての労働が成熟していなければならない。就職前の大学生に質問の真意が掴めなかったのはあまりに当然の次第なのである。 (『働くということ』52-53ページ) 

 この国鉄職員の疑問を「哲学的」だと片付けてしまうこともできるし、「そんなこと考えるなよ」と切り捨てることもできます。私も、随分以前、ある人に「自分が“何のために”この仕事をやっているなんて考えない方がいい」と言われたことがあります。私なりに敷衍すれば、考えると疑問が沸いてきて仕事が出来なくなる(辛くなる)からだと思われます。

 かつて私の友人で、ある食品製造会社に就職した人がいました。彼は就職したあと半年もの間、その食品を配達するトラックの運転をさせられたのです。彼は、自分は食品会社に入ったのであって、トラックを運転する会社に入ったのではない--そう思って、会社を辞めました。
 運転“させられた”と考えてしまうと、もう仕事ができなくなるのです。

 国鉄職員も、同様に“考えてしまった”わけで、仕事人の処世術としては、その考えを消してしまうことが得策でもあるのです。

 しかし、黒井氏はそういうことを勧めるわけではありません。むしろ、その職員に「ある種の痛み」を見出すのです。
 仕事をするなかで生じる「痛み」について考えることは、とても重要です。
 

≪「会社」でなく「仕事」から≫

 黒井氏は、さまざまな問題を考えたあと、またこの話に戻り、次のように述べています。

 --自分は国鉄職員であるからキップを切るのか、キップを切るから国鉄職員であるのか。この問いを、卵が先か鶏が先かといった論議として受けとめたくない。彼は「キップを切る」から国鉄職員なのである。そう考えた時、彼の中にはじめて「職業意識」の地平が開ける。「国鉄職員である」からキップを切るのだ、と考えるなら、彼は「企業意識」の枠を遂に越えることは出来ないだろう。それが出来ない限り、国鉄という企業体を客観的に把握することも不可能だし、私鉄との比較において、運輸サービス業としての国鉄を相対化して見ることも困難とならざるを得ない。つまり、自分の「仕事」のありようを正確に認識し得ず、ひいては自分とはなんであるかを掴むことまでむずかしくなってしまうに違いない。 (同、129-130ページ)

 黒井氏は、企業意識でなく職業意識を持つこと、会社から出発せず仕事から考えることの重要性を説きます。
 このことが現実に成り立ち得るのは、会社は嫌いだが仕事は好きだ、という人が世の中にいることからもわかります。

 以前私に「考えるな」と教えてくれた人は、おそらく企業意識を強く持っていた人だったのでしょう。自分の職業というものに起点を置いたとき、やはり自分がなぜその仕事をやっているのかという理由や意義を考えてしまうでしょう。そして、そのことからよりよい仕事を作っていくという行為も生まれてくると思われるのです。


≪会社を辞めたい…≫

 私は、なぜ『働くということ』を読み、感銘したのか。
 その理由が、いま少しわかってきたのです。

 8月のある日、誰もが知っている製造業の会社に勤めている人と話をしていました。その人は工場の中間管理職なのですが、お盆休みも終わるからでしょう、「この時期、毎年会社を辞めたいと思って仕方がない」と言うのです。ちょっと唐突だったので内心驚いていると、仕事が嫌で嫌でたまらないと言います。そして、自分の夢は宝くじで大金を当てて退職することだと語るのです。

 また、こんなこともありました。
 ある集まりで、自分の将来の展望を語るという機会がありました(大の大人にそんなことをさせるのも変ですが…)。みんな何を言ってくるかなと思ったら、「早く退職したい」。

 私は、ホッとしたのでした。ああ、自分だけじゃなかった…

 働くうえで大切なことは、実は、仕事の内容そのものではなく、一緒に働く人たちと共感し合えることなのです。
 黒井氏が、15年間の会社生活で最も忘れ難い思い出は、乗用車の試作車が完成して走り出したとき、その場に立ち会った作業服の人たちが「走った、走った」と声を上げて、一斉にクルマの後を追って駆け出したことだといいます。そこには、人と一緒に働くことの喜びが象徴的に表れているからです。

 『働くということ』に記された著者や多くの職業人の経験は、誰もが感じる戸惑いや辛苦に満ちているからこそ、同じ働くものとして私に深い共感を与えてくれたのです。そして、その共感が働く者に救いを与えてくれる。
 辞めたいという他人の言葉を聞いて救われる… そんなことがあるか、と思われるかも知れませんが、他人と自分が同じだと知ることは、仕事をする自分の気持ちを軽くしてくれるのです。


≪学芸員の仕事とは≫

 翻って、若い実習生のみなさんが目指している学芸員は、いったいどんな仕事なのでしょうか?
 
 これも昔、ある人に言われたことがあります。

 「学芸員は、医者と同じで“個人商店”やな」
 
 なるほど、と思いました。

 たとえば、展覧会を作る仕事というのも、ある種の個人プレーです。度を過ぎるとよくないという見方があるものの、やはり個人が強く滲み出た展覧会でないと、おもしろくないという事実もあります。
 専門が細かく分かれているから、これはこの人の仕事、となる傾向もあります。それは、分野を超えた相互理解ができにくいということにもつながるでしょう。
 とにかく、学芸員は独りで仕事をやっている、という部分が多いように思えます。

 そのことは、よく言えば、一人の専門職として認めてもらい、仕事を任されているといえます。事実、学芸員には、強い責任感を持って仕事を遂行するタイプの人も多いでしょう。しかし逆に言えば、孤立無援といえなくもない。誰の助けも受けず、独りで仕事ができて当たり前、ということになります。
 学芸員の仕事を自立的・自律的と見る向きもあるようですが、それは表層的な見方だろうと私は思います。

 学芸員志望の学生さんから見て、学芸員はどんな仕事に見えますか?

 好きな学問を生かせる仕事? 魅力的な展覧会を企画できる仕事? 優れた文化財に直に触れられる仕事? こどもなど多くの人に学問分野を伝えられる仕事? いつも研究三昧の仕事?

 まあ、一番最後は冗談として(笑)、どれも当てはまるようでもあり、まったく的外れな気がしないでもありません。
 仕事は、どんな仕事でも多面的で、いろいろな要素の寄木細工といえます。また、多くの人たちとの共同作業といえます。それは学芸員も同じです。「専門職」「研究職」という先入観から、このことを見落とすと失敗します。
 昔から、学芸員は雑用が多い、と言われます(それを指す隠語さえありますが、私は嫌いなので書きません)。雑用が多いというのは自嘲の言としても、仕事のある部分(あるいは多くの部分)を「雑用」と受け止める感受性は、専門職の奇妙なプライドの裏返しで、仕事を崩壊させてしまいます。

 学生のみなさん、どうでしたか。

 日々現場で働いている学芸員は、一筋縄ではいかない仕事の前で立ち止まり、いろいろと考え、悩みながら、それでも前へ進んでいます。
 バラ色の世界だと勘違いされても困りますが、もしよろしければ一度この門を叩いてみてください。 
 





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Author:なにわ歴博
大阪歴史博物館

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