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封筒にシール貼り






 博物館の仕事にも、いろいろありまして。


  シール貼り1


 これは、なにをやっているところでしょうか?

 実は、封筒に貼るシールをカットしているところです。カッターは、すぐれものの1枚切り。

 これを、こう貼ります。


  シール貼り2


 よく見ると、≪民都大阪の建築力≫と書いてあって、次回特別展を案内する封筒だとわかりますね。
 展覧会オープンの前日、プレス(記者)の方に見ていただく<内覧会>を開催します。事前に取材いただいて、記事を書いていただくのが目的です。
 約1カ月前に、その案内状を発送しています。およそ230カ所に送付します。

 今回は、新機軸? として、受け取った方がわかりやすいように、封筒に展覧会名の入ったシールを貼ったのでした。果たして、注目されるかな?

 立派な展覧会は、こういう封筒を作ったりします。


  シール貼り3


 いやいや、もちろん、当館もこういうのを作るときはありますよ。今回は、ちょっと節約しただけです!

 まあ、手作りの魅力ということで(笑)






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大阪城公園周辺マップ






 暑い日が続きますね。もう真夏のようです。大阪歴史博物館でも、節電に取り組んでいるため、事務所は暑いです! 
 私は、席のうしろで扇風機を回してます!!

 しかし、展示室は資料保全などのため、いつも通り涼しいですので、ぜひご来館くださいね(笑)

 この暑いのに、史跡見学をされる方も少ないとは思いますが、いま進めている仕事との絡みで、少しご紹介!

 昨年より、当館常設展示と大阪城天守閣が割引価格で観覧できる<セット券>を発売しています。
 一般1200円が900円になるなど、かなりお得ですね。

 いま大阪の地下鉄車内で、こんな中吊り広告を出していますので、ご覧いただいた方もいらっしゃるかも。


  セット券ポスター


 プライスダウンもさることながら、そのオマケに<大阪城公園周辺マップ>という史跡案内地図を付けています。
 天守閣と当館を行き来する間には、たくさんの史跡があります。重要文化財も多数あり、まさに史跡の宝庫! それをじっくり味わっていただくのが目的です。


  マップ1


 こちらが地図。
 大阪城公園はもちろんのこと、難波宮跡、歴史博物館など、広範囲にわたるマップです。
 コンビニの場所もわかりますよ。

 裏面は、こちら。


  マップ2


 写真入りで、主要な史跡を解説しています。
 天守閣、千貫櫓、乾櫓、蛸石、大手門、法円坂遺跡倉庫群、難波宮跡などなど。

 いま、この地図をさらに充実させた改訂版を作成中!
 史跡数もアップし、便利な地図になりそうです。夏本番のころに完成する予定です。
 
 ※ この大阪城公園周辺マップは、セット券をご購入いただいた方に限り進呈しています。ご了承ください。 






イケメン武将 “十勇士”、来館!






  イケメン武将1


 今日は、プロ野球のオリックス・バファローズのキャラバン隊が来館。
 名付けて<イケメン武将“十勇士”>。バファローズのキャラクター<ハカセ>が扮する<一、二真田幸村>と一緒に登場です!


  イケメン武将2


 こちらが一、二真田幸村。額や背中には、六文銭が… 着ぐるみなのに、なんと、マイクを持って話します!
 で、彼の話がかなり長め。大阪ならではの、くすぐりトークを展開させます。
 でも、殺陣もあります。


  イケメン武将3


 イケメン武将のみなさん、そしてハカセ、暑い中お疲れさまでした!
 ちなみに、明日6月26日(日)は、阿倍野のQ’Sモールに登場するそうです。


 いやー、それにしても、博物館にはいろいろな方が来られるものです。
 このオリックス・バファローズのイベントも、もとはといえば、イケメン武将>戦国時代>歴史>歴史博物館、という連想で、球団の方が電話を掛けて来られたことが発端でした。
 また、今日の午後は、環境事業関係の団体と共催講座<大阪の歴史に学ぶエコライフ講演会>を実施し、当館の池田研学芸員が講演させていただきました。

 最近も、めずらしい電話があって、ある自動車関係の会社の方から、<外車の発表会を博物館でできませんか?>という話が来たのです。
 さすがに、それは断りましたが… 

 近年は、外国はもちろん、国内でも博物館はさまざまな形で利用されるようになってきました。いろんな方とつながりあえる博物館になれるといいと思っています。 





鉄道模型ジオラマ大会、開催!






  鉄道模型1


 今日は、特集展示「懐かしい市電とバスのある風景」の関連イベントで、≪鉄道模型ジオラマ大会≫を開催しました。
 協力は、たかきや鉄道クラブのみなさん。

 上の写真は、準備風景。朝早くから、組み立て作業をしています。


  鉄道模型3


 こどもたちも、よろこんで見ていました。

 電車が速いので、どうしてもピンボケになりますが…


  鉄道模型2


 実は、鉄橋を渡る京阪特急でした。

 明日、6月26日(日)も、午前10時30分から午後4時まで、8階・特集展示室で開催します(常設展観覧券が必要です)。
 見てくれた方には、オリジナルメモ帳1冊をプレゼント!

 この機会に、ぜひ大阪歴史博物館にご来館ください。





アベノ界隈(2) ~「赤目四十八瀧心中未遂」~






 昨年、アベノで研修を受けているとき、たまたま「赤目四十八瀧心中未遂」(文春文庫)を読んでいた。車谷長吉の長編小説。映画にもなった。


   赤目四十八瀧心中未遂

 
 「尼ケ崎」のアパートの一室で、独りモツの串刺しをする男、生島。仕事を持ってくる伊賀屋の女主人「セイ子ねえさん」、同じアパートの部屋に出入りする凄味のある男「彫眉」、そして“えらい別嬪さん”の「アヤちゃん」。
 この「温度のない町」と、その町に生きる人びとと、世捨人然として生きる生島とが微妙に交錯しながら、時間は過ぎていく。

 ずっと「尼ケ崎」を中心に進む時間のなかで、アヤちゃんをめぐる事情に絡んで、冒頭から200ページも読み進むに至り、アベノ界隈が登場する。
 電車を乗り継いで、天王寺駅に来た生島。「とどの詰まり私には天王寺駅へ行く以外に、行くところはないのだった。」 生島はそこでアヤちゃんと落ち合う。
 アヤちゃんと生島は、夕飯を食う。

 アヤちゃんは黙ったまま、前を見て歩いていた。私は天王寺駅に降りるのは、はじめてである。毒々しいネオンの光が輝く、繁華な街であるが、どこをどう歩いているのか分からなかった。アヤちゃんは、恐らくはこの世の外へ逃げざるを得ないところまで追い詰められているのだ。その黙って歩いて行く背中が、ネオンの色に染まり、それが次ぎ次ぎに色変りしていた。私の足の裏からは、温い血が沸騰するように、じんじん上って来る。少し小暗い道に曲った。 (「赤目四十八瀧心中未遂」二十二)

 そして一夜が過ぎ、四天王寺、愛染堂、動物園、新世界など、アヤちゃんと生島は経めぐる。

「生島さん。明日最後にここへ行きましょか。」
 振り返ると、壁に赤目四十八瀧の観光ポスターが貼ってあった。森の中に瀧の水が流れており、その前に白い夏帽子を被った男の子が、白い捕虫網を持って、背中向きに立っていた。私も少年時代に捕虫網を持って、野山を駆けめぐったことがあった。私は慄え声で、
「ここ、ええとこや思います。」
 と言うた。  (同上)

 翌日、二人は鶴橋から近鉄に乗って赤目に行くが、生島の思った心中は「未遂」に終わる。

 小説を読みながら私は、毎日天王寺駅構内で立ち喰いそばを食べながら、その作品世界と、灼熱に焼けつく自分とを重ね合わせていた。阿部野橋駅の周辺では、ビル工事が進んでいた。偶然作品に現れたアベノと、目の前にある街は僅かずつ変わりながらも、同様の雰囲気を保っていた。
 いつだったか、私も赤目に行ったことがあった。四十八滝をめぐるうち、大勢の人たちが何やら作業している場面に出くわした。聞くと、「赤目四十八瀧心中未遂」という映画を撮っている、とのことだった。そのとき、私はこの作品をよく知らず、出来た映画も見なかった。

 未読の方には、ぜひ一読されることをお薦めする。





アベノ界隈(1) ~立ち喰いそば~






 月曜火曜と、研修を受けている。学芸員の仕事に関することではなく、一般職員としての研修である。

 サラリーマンで「研修が好き」という人は、まずいないだろう。
 しかし、私の研修では、ひとつすばらしいことがある。それは、会場がアベノだということだ。阿倍野ベルタの近くにある。昔の研修所は旭区の住宅街にあったのだが、いつからか阿倍野に移転したのだった。

 昨年も、何回もここに通ったが、私のささやかな愉しみは、昼休みにJR天王寺駅まで歩き、構内で立ち喰いそばを食べることだった。
 ここには老若男女、あらゆる人がそばやうどんを食べに来る。私もそのなかに混じって、独り立ち喰いそばを喰う。僅か5分の行為が、自分の気持ちに大きな開放感や充足感を与えてくれる。

 立ち喰いそばが持っている独特の感覚は、いったい何なのだろう。

 新今宮、天王寺、鶴橋、京橋…。環状線の駅で食べる駅そばは、独特の風情を醸し出す。
 あるとき、鶴橋駅のホームで、そばを食べていた。駅そばの店員さんは女性が多いのだが、カウンターのなかで、二人が何やら話している。先だって別の店員さんが何か失敗したらしく、店長に叱られたようだ。
 それに対して、カウンターの女性が言った言葉。

 「うっかり、ぽっかりしたら、『人間ですもの』て云うといたらエエねん」

 ここには、世俗に生きる人間の哲学が息づいている。

 アベノの立ち喰いが好きなのも、生身の人間に混じって、ひとりの人間に戻れる…。そんな時間が何ものにも代え難いからなのだろうか。

  (この項、つづく)






<浪花の映画事始め>を開催!






 大阪歴史博物館が力を入れている映像事業。
 今回は、<浪花の映画事始め>のご案内です。


    浪花の映画事始め


 昭和初期の大阪を撮影した貴重な映像2本を上映!

 1本は、プラネット映画資料図書館が所蔵する昭和初期の映像を集成した「大阪百景」。
 いわゆる“大大阪”と呼ばれた頃の大阪の街並みが、リアルに撮影されています。
 大阪駅、御堂筋、中之島、道頓堀、新世界、市岡パラダイスなど、街と建物、娯楽と人が生き生きと活写されています。
 無声映像ですが、当館の船越学芸員が映像を見ながら解説を付けます。

 いま1本は、京都文化博物館所蔵の映画「僕らの弟」。
 昭和8年(1933)の作品で、原作・脚本は、かの依田義賢!
 大阪の四貫島小学校であった実話をもとに、大阪ロケを敢行。

 私も以前、京都文博で見ましたが、戦争に突き進む時代を生きるコドモたちのひたむきな姿に、心が動かされました。ちょっとドキュメンタリータッチなので、大阪の街も、やっぱり本物らしく見えます。

 無声映画ですが、今回は活動弁士・井上陽一さんの活弁付きで上映します。

 映画の保存・復元に尽力されている太田米男先生(大阪芸術大学)の講演もあります。

 この見逃せない上映会、日時は、7月9日(土)午後2時から。大阪歴史博物館・4階・講堂にて。
 当日券 一般1700円、学生1400円、シニア(60歳以上)1000円、高校生以下800円です。
 前売券は、1400円(チケットぴあ、セブンイレブン、大阪歴史博物館などで取り扱い)。

 詳しくは、近日中に当館ホームページでお知らせします。
 ご期待ください!






“イケメン武将”来館! ~オリックス・バファローズとコラボ~






 私はコドモの頃からプロ野球好きで、縁あってプロ野球の展覧会もやりました。
 今回は、ささやかながら、大阪を本拠地とするオリックス・バファローズとコラボしてみました。
 バファローズが7月1日~3日に実施される<Bs大坂夏の陣>。京セラドーム大阪で、ソフトバンク・ホークスとの3連戦です。
 その盛り上げイベントとして大阪市内で、“イケメン武将”(十勇士)によるキャラバンを実施。
 
 大阪歴史博物館にも、6月25日(土)に来館します!
 時間は、午前11時30分から(約30分間)、1階・エントランスホールにて。
 午後1時30分からは、当館とNHK大阪放送局の間にあるアトリウムにて、パフォーマンスが行われます。

 詳しくは、オリックス・バファローズ ホームページ をどうぞ。

 とりわけ、戦国時代好きの<歴女>のみなさんには、おすすめです!






<大阪の地下鉄も走る! 鉄道模型ジオラマ大会>開催!






     鉄道模型


 実によくできた鉄道模型ですね。
 よくみると、谷町線・御堂筋線など、大阪の地下鉄車両になっています。

 6月25日(土)、26日(日)、大阪歴史博物館・8階・特集展示室前で、≪大阪の地下鉄も走る! 鉄道模型ジオラマ大会≫を開催します!
 特集展示「懐かしい市電とバスのある風景」の関連行事です。

 たかきや鉄道クラブに全面協力いただいて行います。オリジナルの地下鉄車両や、地下鉄に乗り入れている車両が、展示室内を走ります。 

 時間は、どちらの日も、午前10時30分から午後4時まで。
 詳しくは、当館ホームページをご覧ください。
 






ブックフェア開催中!






 大阪市内の書店で、大阪歴史博物館のブックフェア開催中です!

 ひとつは、北区の旭屋書店本店で図録フェア。7月中旬まで(予定)。

 いまひとつは、こちらも北区のジュンク堂大阪本店で、大阪歴史博物館と僚館のブックフェア。7月下旬まで(予定)。

 詳しくは、当館ホームページ で!

 近くにお越しの折に、お立ち寄りください。





博物館の<大衆化> (2)






 伊藤寿朗氏は、1970~80年代に、博物館の市民化を説かれた研究者だった。その著書、『市民のなかの博物館』(吉川弘文館)は、没後の平成5年(1993)に刊行された論集である。
 その第Ⅱ部に「博物館の大衆化」という項がある。氏は、1960年代の博物館数の急増や“年間3億人の入館者”など、その普及ぶりを<大衆化>とする。事実、1957年と1986年を比較すると、博物館数は7.9倍(479館→3,920館)、入館者数は5.2倍(5,451万人→2億8,098万人)と大きく伸長している。
 そのなかで、博物館は「相対化」されてきており(つまり淘汰されていくこと)、活動内容の質が問われている、と指摘している。もちろん、問い掛ける主体は、博物館関係者だけでなく「意識的な市民自身」でもあるのだ。
 伊藤氏は、これを「博物館の大衆化が生みだした大きな成長」であると述べる。

 伊藤氏が、『市民のなかの博物館』や、『ひらけ、博物館』(岩波ブックレット、1991年)などで展開された議論のなかで、最も知られるのが<博物館の3世代論>だろう。日本の博物館を歴史的に3つの発展段階に分けて、順に発展していくという考え方である。
 氏の理想は<第3世代>で、「社会の要請にもとづいて、必要な資料を発見し、あるいはつくりあげていくもので、市民の参加・体験を運営の軸とする将来の博物館である」。
 つまり、博物館の運営に市民が主体的に参加していくというものが、理想像なのである。それは、行政などから与えられる博物館ではなくて、自らが欲するものを自らの手で作り上げていくという姿だろう。

 氏は、第2世代から第3世代への転換のカギは、<継続的な利用者(リピーター)>を重視することだとする。そのことが、受け身でなく積極的に参画する市民を生み出すという。

 伊藤寿朗氏の議論から、約20年が経過した。
 日々現場で働く学芸員としては、“なんだか懐かしい”という印象。いま、伊藤氏が唱えられた博物館の理想像は、かなり遠くに退いてしまった、とすら感じられる。
 博物館の大衆化のうえに獲得できるはずだった<市民の参加>という理想は、いつどこに消え去ったのか? いま、その代わりに強く意識されるようになったのは、伊藤氏がいう<市民>とは異なった<大衆>の存在ではないのだろうか。

 懐かしいついでに、伊藤氏が遺された言葉を引用しておこう。博物館の運営に関する記述である(『ひらけ、博物館』)。

 また、ここ数年で「行政から独立した運営」をめざして、自治体がつくり、自治体の補助金を受けながら第三セクターが運営する館が急増している。(1)行政に予算を縛られず、自由な運営ができる、(2)学芸スタッフを第三セクターの職員として採用すれば、自治体の職員定数を上まわらなくてもすむ、(3)役所の年度に縛られないで、弾力的な財政運営が可能だ、などの理由があげられる。
 だが、第三セクターの場合、役所から自立して収支のバランスをとることが前提のため、教育事業が有料のイベントとなりがちで、観光志向型に傾きやすい。市民や議会がチェックする機会が失われるなどの弱点もある。市民の学習する権利を保障するという理念が骨抜きになっていく危険もはらんでいる。教育の論理ではなく、営利の論理が優先されている館がめだつ。
 では、博物館は一般行政から自由な立場であるべきだからといって、職員が勝手に運営できるのか。
 そうではない。博物館の運営が市民の要望を反映しているかどうかをチェックする機関として博物館協議会がある。博物館法は設置を義務づけてはいないが、多くの公立館は持っている。
 ただ、問題なのは、委員の選び方だ。
 設置者側が選ぶため、館の活動に異議を唱えない「無難な人」が委員になりがちだ。(中略)
 市民の意見が協議会に反映されているかどうか、あなたは確かめられるだろうか。そのためには、協議会は公開されるのが本来の姿だ。(後略)

 もちろん、これは博物館運営に対する1つの見方であり見解である。しかし、現時点で20年前に書かれたこの文章を読んで、考えさせられることも多い。
 博物館法が改正されて、ちょうど3年になる。博物館で働く人たちはもちろん、利用する人たちも、博物館はどうあるべきかを常に考えつづけないといけない。その考える行為が、ほんとうの<大衆化>につながるだろうから。





博物館の<大衆化>






   日経と小林一三 紙面は、日本経済新聞(朝刊)2011年6月9日付


 今朝(2011年6月9日)の日本経済新聞に、J.フロントリテイリングの奥田務会長のインタビューが掲載されていた(「トップに聞く 収益見通し」)。

 J.フロントは、デパートの大丸と松坂屋を運営している。東京・銀座の松坂屋の動向や、大阪・梅田の大丸増床など話題に事欠かない。

 その奥田会長の話で、んっ!と目が留まったのが、<大衆化>という言葉。
 氏曰く、「高額品中心の従来の百貨店モデルに固執せず、一般消費者が気軽に足を運べる『大衆化』を進める」と。これは、大丸へのユニクロ、東急ハンズの出店や「ポケモン」ショップの導入、若年女性向け「うふふガールズ」の展開などで具体化しているもの。
 聞き手の山崎良兵記者の視点にも、「大衆に支持されないと百貨店は生き残れない--。奥田会長が推し進める「大衆化」戦略の背景には、そんな強い危機感がある」とまとめられている。百貨店の大衆化は、奥田氏の最近の持論ですね。

 それをみて、私がすぐに思い出したのが、小林一三。ご存知の通り、戦前から阪急電鉄や阪急百貨店を興し、東京にも進出した阪急・東宝グループの総帥である。彼の持論が<大衆本位>だった。
 「私の経営法」に、こう記している(小林一三『私の行き方』斗南書院、1935年)。

 兎に角そんな人生を通つて実業界に入つて来たから大衆の気持、大衆の動向といふものに非常に興味があるし、又よく判る、だから何時でも大衆に接する仕事、電車の乗客に対してはどうすべきものか、百貨店のお客様はこれこれである、芝居をやればどうしたら客が来るかといふやうなことを年中考へてゐる、詰り私といふ人間は客商売に非常な興味を持つてゐる。

 小林は、自分がやっている電鉄も百貨店も劇場も「大衆本位の仕事」だが、これほど危険のない商売はないという。つまり、大当たりもせず利は薄いが、合理的経営をすれば堅実に成長する、という考え方なのである。

 ところで、小林一三のいう<大衆>とは、いったい誰なのか?
 このことを的確に述べたのが、鹿島茂氏である。鹿島氏は、「「大衆」をつかんだ実業家」(「東京人」1998年5月号)で、次のように指摘する。

 (前略)小林がすべての面でターゲットとして設定した「清く、正しく、美しい」大衆、すなわち、学歴はあるがインテリではなく、下品なものを嫌うが芸術至上主義にはならない大衆、ようするに、阪急沿線の健康的な住宅地に住み、阪急デパートで買い物をして、宝塚の公演を見に行くようなアッパーな大衆(後略)

 さらに言い換えれば、「郊外の住宅に住もうという上昇志向を持つ人々」であり、具体的には「官吏、弁護士、医者、銀行員、商社員など、資産はないが学歴はある新しいホワイトカラー階級」なのだった。

 これは昭和初期の話。
 小林は、自らが創り出した<大衆>という存在に、さまざまな事業を提供し、成功を収めた。郊外住宅、少女歌劇、ターミナル型百貨店…、いずれもうまくいった。
 ただ、鹿島氏は、プロ野球の経営だけは駄目だった、という。この「アッパーな大衆」は野球には興味を示さず、阪急ブレーブスのファンにはなってくれなかった、と。

 ひとことで<大衆>というのは容易だが、その内実を捉えるのは難しく、<事業>と<大衆>をマッチングさせるのは至難の業である。
 奥田氏も、別のところで「大衆という言葉ではひとくくりにできない新しい形の大衆が存在している。所得、年齢、ライフスタイル、価値観でいくつもに分類される」と述べている。この「ひとくくりにできない」大衆。それをつかむことに腐心するのだが…

 とすれば。バラバラになった大衆とは、いわゆる<少衆>というものなのか?
 すでに昭和59年(1984)に、電通のプロデューサー・藤岡和賀夫氏は『さよなら、大衆。』(PHP研究所)を著して、感性でつながりあう<少衆化時代>の到来を告げている。もう、30年近く前から、<大衆>はいなくなりつつあったはず。でも、いま<大衆化>なのは、なぜなのか。

 小林一三の文脈でいえば、小林は「合理主義経営の戦略」者で、それが大衆本位、家庭本位の「薄利多売」商法につながった(津金澤聰廣『宝塚戦略』)。コストダウンと廉売が小林の取った途だった。これは、不思議と最近のデパートの経営戦略と類似性を感じさせる(デパート以外でも類似するが)。
 とすれば、<大衆>とは、数の多い<マス>ということなのか。個々の利は薄いが、量的に多くなれば「薄利多売」でやっていけるということなのか。

 そう考えるうち、<博物館の大衆化>という言葉に出会った。
 18年前の平成5年(1993)に刊行された伊藤寿朗『市民のなかの博物館』(吉川弘文館)。この第Ⅱ部に「博物館の大衆化」という項があるのだが…

  (この項、つづく)






 

博物館資料のデジタル複写






 今日は、博物館資料の複写作業をしました。専門業者の方に来館いただき、デジタル複写をします。


  写真心斎橋


 こちらが、資料。その名も「写真心斎橋」という通り、昭和10年(1935)の大阪・心斎橋筋の商店を写真に収めたものです。このころ盛んになり始めた店頭のショーウインドーの数々や、大阪らしい工夫を凝らした商品陳列がうかがえる写真集です。当館の原寸大復元を製作する際も、この資料は役立ったのでした。
 内容については、大阪歴史博物館ホームページの<館蔵資料インターネット検索>でも、ご覧いただけますので、ぜひ。

 以前、これを撮影したときは、収められている写真のみを複写しました。しかし、今回は、1ページを丸ごと撮るというもの。つまり、文章も記録できるし、全体のデザインも分かるようになります。

 このような下向きのセッティングで行いました。


  複写1


 黒くて分かりづらいのですが、写真中央やや上に、下向きにデジタルカメラがセッティングしてあります。写真下部の白い部分が、資料を置く台です。
 カメラは、3900万画素あるそうです。ブローニー(中判)フィルム相当だそうで、この資料には十分でしょう。

  複写2
 

 台に資料を置いたところです。
 この台は、中央と左右がアップダウンする仕組みになっています。つまり、本を開いたとき、背の部分が膨らんでも対応できる仕組みです。これは、かなり平たい資料ですが、厚めの資料でも対応できそうでした。

 そして、デジタルの便利なところは、撮った画像をすぐに確認できるところ。
 このディスプレイで見られます。


  複写3

 
 フィルムでの撮影ですと、俗に言う「ポラ」、すなわちポラロイド写真で確認していたのですが、画像が出てくるのに時間も掛りました。その点、デジタルだとすぐに見られますし、このような文字を含む資料の場合でも、隅々までフォーカスが合っているか、しっかり確認できます。

 ということで、セッティングが済んで撮影に入ると、約30カットが30分と掛らずに簡単に撮れました。便利、便利。
 
 私の関心でいえば、写真集のなかの写真も大切なのですが、その解説文も重要です。高精度のデジタル画像で記録しておけば、コンピュータのディスプレイで拡大写真を熟覧することもできるし、文章を読んで情報を得ることも可能です。調査研究に大いに役立ちますね。
 当館には、他にもページものがたくさんありますので、同じ方法でそれらも記録しておきたい衝動に駆られました。

 今日の成果は、秋に開催される特別展<心斎橋 きもの モダン -煌めきの大大阪時代->(10月15日~12月4日)に生かされる予定です。
 






週末は、見学実習・歴博講座など






 梅雨の最中ですが、ここのところ雨が降りませんね。

 週末は2日間にわたって、大学生の見学実習の案内をしていました。3回生くらいだと思いますが、服装がカラフル、個性的でいいなぁと感じました。

 内容は、大阪歴史博物館のバックヤードの紹介です。時間の制約もあり、博物館の心臓部である収蔵庫や、そこにつながるトラックヤード、荷物用エレベータの話だけをしました。収蔵庫は、さすがに中には入っていただけませんので、スライドショーの写真で説明。トラックヤードなどは実際に見ていただきました。
 当館の荷物用エレベータは、4.7トン積載できます。実習生が40人あまり一遍に乗れました。
 大学生にとっては、珍しい経験だったかも知れませんね。

 金曜日の夜は、今年度最初の<なにわ歴博講座>。このシリーズは、考古学の特集です。寺井誠学芸員が「渡来人の故郷を求めて」と題して話してくれました。お客様も、120名ほどご来場。いつものことなのですが、金曜の晩に百名以上おいでいただくということを有り難く感謝しています。

 終了時会場に行ったら、旧知のAさんに話し掛けられました。最近首が痛いとおっしゃるAさんですが、当館で開催された「幕末・明治の超絶技巧」展と、大阪市立美術館の「歌川国芳展」を立て続けに見て、上を向いたり下を向いたりで、ますます首が痛くなったと嘆いておられました。
 たしかに。展覧会をじっくり見ると、くたびれますよね。でも、企画した学芸員からすると、それほど有り難いことはありません。

 さて、今週6月10日(金)の<なにわ歴博講座>は、「日中古代都城の街並み形成試論」と題して、積山洋学芸員がお話します。内容は、次の通りです(詳しい開催内容は、当館ホームページをご覧ください)。

 日本古代都城の街並みといえば条坊制です。平城京や平安京では宮室の南の正門からまっすぐに南下する「朱雀路」を中心に、整った方格地割の街並みが並んでいました。その源流が中国の都にあることは明らかですが、そのあり方は多様で、日本の条坊制の直接の源流を探ることはどの程度、可能なのか、ご一緒に考えてみたいと思います。

 もう準備を始めていると言っていました。どんな講座になるか、楽しみですね。ぜひお聴きください!






プロ野球団が博物館で・・・






  プロ野球もペナントレースが始まって、そろそろ2カ月。野球が好きな方は、贔屓チームの勝ち負けに一喜一憂ですね。
 私も、いっぱしのプロ野球ファンですから、この時期はもう“一喜一憂”ならぬ“一憂多憂”という感じです。

 博物館もプロ野球と関係なくはなく、大阪歴史博物館では2005年に「阪神タイガース展」という特別展を開催しました。いまだに「あのとき(だけ!)見に来ました」という方と出会います…

 先日から、あるプロ野球団の方が、当館とコンタクトを取っておられます。タイガース、と思うでしょう? 実は、さにあらず。
 その球団は、こちら!

 なにをやるか? それは大人の事情でまだ秘密なのですが、球団ホームページに手掛かりが…
 詳しくは、来週あたりにご紹介します!






藤浩志さんと会う






 今日は、メルボルンから帰国されたばかりのアーティスト、藤浩志さんと会いました。

 これから秋に向けての大阪歴史博物館のプロジェクトに参画いただくということで、はじめて顔合わせしました。
 
 まず、常設展示をご案内。はじめてご覧になる藤さんは、いろいろなところに関心を持って見てくださいます。
 たとえば、9階の船場模型。細かい人形1体1体を作り込んだミニチュアですが、とてもマニアックな作りに感動すら覚えていただいたよう。
 あるいは、7階に展示中の明治の陶画工・藪明山(やぶ・めいざん)の薩摩焼。小さな器に超細かい模様を施した作品に引き込まれておられました。

 藤さんのツイッターにも、<大阪歴史博物館、実は凄い。必見です。いい意味でマニアック>とつぶやいていただきました。 藤浩志企画制作室ホームページ は、こちら!

 そのあと、打ち合わせ&懇親会。


  藤浩志さん ピンボケでスミマセン。


 藤さんがおっしゃること。それはシステムをつくることの重要性。コンピュータ用語でいえば、OSをつくること。その上で、いろんなことが動いていく。アートが、作品をつくるということにとどまらない、それを遥かに超え出る営みになる。
 ひととひととが交わり、関係性をつくりあげ、何かを生み出していくという可能性。その関係性をつくるプロセスこそが重要だという認識。
 博物館は、その場となり得るに違いない。

 別れ際、藤さんが言われたひとこと。作品(自体)をつくることは、実はすぐにできるのだ、と。
 その言葉の裏に、そこに至る過程の大切さ、そこでどれだけ楽しめるか、どんな“これから”を描き出せるか、それが大事なのだ、と。

 なんだか、爽快な気分になりました。

 いつも感じること。博物館の外にいる皆さんと話した後、一緒に仕事をした後、得も言われぬ爽快感、充実感が訪れる。
 これからの数か月も、そんな日々になってくれると思っています。

 藤さん、そして雨森さん、ありがとうございました。




プロフィール

なにわ歴博

Author:なにわ歴博
大阪歴史博物館

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