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古地図の羽二重餅 ~ こんな資料の利用も ~






 福井名物の羽二重餅をいただきました。


   羽二重餅


 福井県・永平寺町の製菓会社の商品です。

 よく見ると、「元禄時代 越前国福井城水路古地図」と書いてある。
 福井城のお堀と、たぶん足羽川が描いてあって、これを見ると近世の福井市街の姿がよく分かります。

 この絵図、どちらの所蔵か書いていないのですが、これを見て、「そう、こういう使い方があったな」と思ったのです。

 昨年でしたか、当館所蔵の近世の絵図を、あるホテルがテーブルに敷く“紙製ランチマット”に使ってくださったことがありました。
 A3サイズのシートですね。

 そんな使い方をすると、お客さまが食事前も食事中も、絵図を見ながら歴史談義で話が弾みますよね。
 
 古い絵図は、デザイン的にもおもしろいので、いろんな商品に活用できそう。
 博物館資料の活用法として、考えていただけると、うれしいです。






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<TOKK>9月1日号に、お得な情報掲載!






 月末は、電鉄各社でフリーペーパーが配布されますね。
 私も、以前書いたように、広報という仕事柄、各紙を“愛読”しています。

 今月のピックアップは、これ!


   TOKK


 阪急沿線情報誌<TOKK>9月1日号。
 ちょっと渋く、バーの特集です。

 いまやウェブサイトでも見られるフリーペーパーですが、やはり紙媒体で見るのがいいですよね。
 なんといっても、私が注視している<広告>も見られますから…

 と、少し強引な持って行き方でしたが、今号には大阪歴史博物館の広告も掲載しています。

 じゃーん!
 

   TOKK
 

 特別展「民都大阪の建築力」の広告。<TOKK>の広告掲載料はお安くないのですが、裏技的? に出してみました(笑)

 この広告をよく見ていただくと、実は特別展に関するお得な情報が載っているのです !!

 ぜひ現物を手に取ってみてください!
 決して損はさせませんので(笑)・・・ただし、急ぐこと !!


 PS 地下鉄駅などに設置の<OPPi>9月号にも、同様の広告を掲載しています。





<映画の保存と復元に関するワークショップ>に参加しました






 近代の博物館資料には、さまざまな素材から構成されたモノが存在します。なかでも、その保存が難しいのが映像フィルムです。
 特に“ビネガー・シンドローム”と呼ばれる劣化現象は、資料保存にとって深刻な問題です。ここ数年、それらの問題について学んできましたが、外部の専門家の方々から教わることの連続でした。

 8月27日、28日の両日、京都文化博物館を会場にして、<第六回 映画の保存と復元に関するワークショップ2011>が開催され、私も参加してきました。

 大阪芸術大学の太田米男先生らを中心に、取り組まれているものです。
 参加者は年々増え、今年は全国から100名以上にのぼり、現像所など映画関係の方、大学等の研究者、映画の保存・上映に携わる方、博物館・アーカイブ等の職員などと多彩です。
 
 今年のプログラムは、次の通りでした。

  27日
 *東京国立近代美術館フィルムセンターの取り組み(板倉史明氏=フィルムセンター)
 *映画フィルムの歴史(宮村信吾氏=コダック)
 *映画「長恨」「銀輪」上映
 *リニューアルに際しこれまでの文博のあゆみと2010年度の成果(森脇清隆氏=京都文博)
 *海外の映画保存事情-L.ジェフリー・セルズニック映画保存学校の視点から-(ジョアン・バーナディ氏=ロチェスター大学)
 
  28日
 *東日本大震災に学ぶ:わたしたちにできる映画フィルム救済(中川望氏=映画保存協会、ほか)
 *テレビ映画「古川ロッパの水戸黄門 竜王明神の巻」上映
 *『地獄門』三色分解について(益森利博氏=IMAGICAウエスト)
 *『地獄門』デジタル復元について(石田記理氏=IMAGICA)
 *『地獄門』復元の監修にあたり(森田富士郎氏=撮影監督)
 *映画「地獄門」上映(デジタル復元版)

 なお、29日には、大阪にて実習編が開催されました(私は参加していません)。

 私は、第2回から参加しているので、5年目になるでしょうか。
 例年ハードスケジュールなのですが(笑)、今年は少しゆったりと聴講できた感じでした。
 2日目の「ロッパの水戸黄門」は、半世紀前の作品なのですが、結構おもしろかったですよ!

 さて、初日のJ.バーナディ(J.Bernardi)さんのお話は、米国のジョージ・イーストマン・ハウス国際写真映像博物館の映画保存についてと、イーストマン・ハウスとロチェスター大学との連携についてでした。

 ジョージ・イーストマンは、ご承知のように、コダックの創業者です。ロチェスター大学に寄贈されたその旧邸(イーストマン・ハウス)に博物館が開設され、1989年には増築も行われ、3万本のフィルムなどを収める映像博物館となっているそうです。発火性のあるナイトレートフィルムも上映できるドライデン・シアターも有しています。
 
 ロチェスター大学とイーストマン・ハウスとは、連携して「セルズニック・プログラム」を実施し、2年間で映画保存について学べる養成コースを作っています。
 1年目は、理論を学ぶと同時に、ミュージアム実習やラボ実習などを受けます。その修了にあたっては「実習試験」が行われ、フィルムの受け入れからアーカイブ作業までの手順が正しく行えるかが試されます。
 2年目は、映画史や映画理論などの講義を受けます。

 お話を聞く限り、フィルムの保存や管理に関する実務が学べる専門的コースとして、極めて意義のあるものと感じられました。日本の現状では、理論と実務を融合したプログラムの実践は、なかなか難しいでしょう。

 バーナディさん自身の大学の講義は、Film as Object(物質としてのフィルム)というタイトルだそうです。つまり、映画を作品内容からだけみるのではなく、モノとして理解もするというスタンスです。研究の基礎には、その素材である資料が欠かせませんが、資料を保全するためには、その物質的側面に着目することが不可欠です。とりわけ、映画フィルムのような近代の化学材料からできた資料については、この視点が重要です。

 2日目の午前は、東日本大震災におけるフィルムやビデオの救済についての報告でした。
 NPO法人映画保存協会や東京光音、吉岡映像などが協力して救済に当たられました。
 画像も交えて、フィルムやビデオテープの洗浄作業などの説明を受けたのですが、ビデオテープは予想外に強いようです。
 津波を受けたので塩分を浴びていますが、中和作業などで緩和できることも多いようです。
 詳しくは、ウェブサイト<映画フィルム救済・ご相談窓口>をご参照ください。

 ワークショップの最後の部門は、今年実施された映画「地獄門」(衣笠貞之助監督作品、大映京都、1953年)のデジタル復元についてです。約60年前の退色した映画を蘇えらせる試みです。

 復元前と後を“ビフォー・アフター”的に説明していただきました。復元の主要なポイントである、解像度・明るさ・色などについて、どのように調整されたかがよく理解できました。
 今回の復元の特徴は、退色が少ない三色分解フィルムが保存されていたので、そのフィルムから復元が実施されたことです。三色分解のフィルムは、3本のモノクロフィルムから構成されるのですが、フィルムは経年変化によって収縮していたため、合成の際、色のズレが生じました。それをレジストレーションピンを削って地道に合わせるという作業を通して、きっちり合成できたといいます。そのプロセスも、画像によって説明していただきました。
 復元前と後とを比較すると、赤っぽいフィルムが実に鮮やかな色彩に蘇えりました。
 詳細は、IMAGICAニュースリリースを。

 一番最後は、「大魔神」の撮影などで知られる森田富士郎さんのお話でした。私たち大阪歴史博物館で話していただいたこともありますが、いつもカクシャクとされています。1927年生まれとおっしゃっていました。
 映画の黄金時代に現場を担ってこられた方の話をうかがうと、現在の私たちの営みは先人の努力の積み重ねによって成り立っているということが、よく理解できます。

 今年も勉強になる二日間でした。
 講師の方々、事務局・会場のみなさま、ありがとうございました。 




リニューアルされた京都文化博物館に行ってきた






 今日は、毎年行われている<映画の復元と保存に関するワークショップ>に参加してきました。会場は、京都文化博物館。
 全国から、映画・映像に関心のある人たち100名余りが参加する会合です。催しは、明日も続くので、詳しくは次回に報告します。


   京都文化博物館



 ということで、今日は会場となった京都文化博物館のリニューアルについて。

 京都文博は、1988年の開館です。
 昨年聞いたところによると、今回のリニューアルはかなり大規模なもので、私たち大阪歴史博物館の常設展示の製作費(開館時)の1/3ほどになる予算だそうです。
 この7月にリニューアルオープンしました。

 行ってみて驚いたのは、展示室だけでなく、建物の空間にもかなり手を入れていたことです。


   京都文化博物館


 エントランスホールの雰囲気も変わりました。
 博物館でよく見かけるB社のショップが、とても目立つ位置に構えられています(写真右端)。絵葉書などがたくさん売られていて楽しいですね。でも、館のロゴ入りのエコバッグが1,200円したのは、ちょっとびっくり!

 今日、私たちが使用したのは、3階のフィルムシアターです。
 以前はフラットな床で、仮設の椅子でした。
 それが、階段状の約170席あるホールになり、椅子もとても座りやすくなりました。京都の他のシネコンと比べても、一番心地よい気さえします(お世辞でなく)。


   京都文化博物館
 
 
 フィルムシアターのリニューアルについては、同館の学芸員・森脇清隆さんが説明してくださいました。

 無声映画など、昔の映画も上映するホールですから、映写機も映写速度が可変になっています。お話では、10コマ/秒~30コマ/秒の範囲で、1コマごとに可変できるとのこと。つまり、通常の24コマ/秒もできれば、もっと落とすこともできる。
 今日は、昭和初期の「槍供養」という作品で可変ぶりを見せていただきましたが、14コマ/秒や12コマ/秒まで落としても、案外違和感なく見られることが分かりました。

 また、休憩時間を利用して、展示室を見学してみました。

 常設展示室は、「総合展示」という名称になりました。
 2階に、古代から近代までの通史展示があります。今日は、3階は閉室でした。おもしろいのは、この3階は総合展示の一部にもなれば、特別展示室にもなるということです。つまり、2階と3階を総合展示にする使い方と、4階と3階を特別展示室にする使い方ができるということです。
 一般的には、500円である総合展示のフロアが増減するのは不可思議なのですが、そういう設定のようです。
 
 展示室には、平安・鎌倉・室町・江戸の4時代の屏風を映像展示する大壁面が注目です。洛中洛外図屏風などを、解説入りで5分程度投影します。

 コーナーは、「京の歴史」「京のまつり」「京の至宝と文化」に分かれています。「至宝と文化」は実物資料をじっくりみせる部屋です。従前同様に京都の通史(「京の歴史」)は、さらっと流すスタイルですね。

 展示ケースは、私たち大阪歴史博物館と同じK社のものだそうで、似ていますね(笑)。しかし、腰が低くて、床から50cmくらいからガラス面が立ち上がっています。
 当館のケースは前面ガラスを開閉して陳列作業をするタイプですが、ここは両サイドに扉が付いていて、そこから中に入って陳列するタイプです。こちらの方がポピュラーでしょうね。

 最近、博物館の照明はLEDを導入する例が増えていますが、この展示室では採用されていません。同館でも一般の空間やシアターでは採用されていますが、展示室では展示資料の再現性を考慮されてLEDにしなかったとお聞きしました。
 私なども、展示室におけるLED照明の使用には、若干保守的な感想を抱いています。

 キャプション(題簽)の文字サイズは、館によって個性がありますが、当館などに比べれば、やや小さめです。パネルも同様ですね。

 総じて、京都らしい、あるいは京都文博らしい、ゆったりとした展示室のつくり方でした。

 京都生まれ、京都育ちの私としては、京都文化博物館に期待しています。
 大阪と京都で、ともにガンバっていきましょう!






<聞き耳プロジェクト>録音!






 10周年事業の取り組みのなかで、<聞き耳プロジェクト>というものをやっています。

 <聞き耳プロジェクト>は、ふたりの人が話している会話を、脇で聞いているような形で聴く新しい音声ガイド。
 美術家の小山田徹さんが発案され、ふだんは町歩きの会話などを録音・再生されています。

 詳しくは、<聞き耳プロジェクト> を。

 
   聞き耳


 今回、大阪歴史博物館では、これを博物館内で行うことにしました。

 今日は、小山田さんと伊達伸明さんが来館され、10階・9階・7階の各フロアの展示を見ながら録音されました。

 美術家同士のフリートークですね。


   聞き耳


 手にICレコーダーを持って、話を録音しながら進んでいきます。
 各フロア30分の作品がとれました。

 みなさんに聴いていただくのは、10月下旬の予定です。
 追って、ホームページなどでお知らせしますので、お楽しみに!






佐賀藩蔵屋敷跡出土の<鍋島>、新聞各紙に報道されました






 先日、このブログでもご紹介した佐賀藩蔵屋敷跡で出土した<鍋島>、昨日、共同通信で配信されたので、各紙に記事が掲載されましたね。

 その記事は、こちら を参照してください(<47NEWS>です)。

 記事には、「鍋島は佐賀藩主の鍋島家が将軍などへの献上を目的に、採算度外視で作っていた磁器。一般にはほとんど流通せず、遺跡から多量に出土するのは非常に珍しい」などと紹介しています。


   鍋島新聞記事
   写真は日経(2011年8月23日付)


 大阪歴史博物館では、10月3日(月)まで展示中!

 当館ホームページ(特集展示「新発見!なにわの考古学2011」)をご覧ください!






地蔵盆です






 この週末、関西では<地蔵盆>を行う地域も多いと思います。こどものお祭りですね。

 私の住む地区も、今日、地蔵盆でした。
 数年前までは、土曜・日曜と二日間やっていたのですが、最近は日曜だけになりました。

 朝7時から、テントを立てる仕事。
 今日は、明け方から雨で、7時半頃には土砂降りになり、10人ほどがずぶ濡れになって準備をしました。

 仕事の関係で、準備に出る年も出られない年もありますが、お地蔵さんを囲んでの地区の仕事です。


   地蔵盆


 こどもの頃、地蔵盆は楽しみな行事のひとつでした。私の実家は近郊農村にあり、地区には木造の会所がありました。広い板の間があって、大勢のこどもが集まって、遊びをしたり、お菓子をもらったり。数珠回しもしました。車座に床に座ったこども達が、大きな数珠を送っていきます。今はもう余りやらないのかも知れませんね。

 「地蔵」というより、私たちの言葉では「お地蔵さん」なのですが、その縁日は24日で、旧暦7月23日、24日、関西を中心に地蔵盆が行われます。
 近世には、すでに行われており、滝沢馬琴「羇旅漫録」に、次のようにあります(同75)。

 
 七月廿二日より廿四日にいたり、京の町々地蔵祭あり。一町一組家主年寄の家に幕を張り、地蔵菩薩を安置し、いろいろの備へ物をかざり、前には灯明提灯を出し、家の前には手すりをつけ、仏像の前に通夜して酒もりあそべり。[活花、花扇かけ、その外器物をあつめて種々の品をつくり、家毎に飾りをく町もあり](中略)伏見辺・大坂にいたりて、またこれにおなじ。


 享和2年(1802)、上方を訪れた滝沢馬琴が見た京都の地蔵盆です。伏見や大坂でも、同様であると記されています。
 22日から24日にかけて、提灯なども出しながら<通夜して酒盛りあそべり>というのですから、昔から夜を通しての行事、それも大人も楽しんだのでしょうね。

 後半の [ ]内(割注)に、「器物をあつめて種々の品をつくり」飾る町もある、とありますが、大坂でも江戸後期には<造りもの>を飾ることがありました。

 この習俗をみると、いま私たちが行っている地蔵盆と、かなり直接的につながっているように感じられます。
 ただ、私の地区では、お昼に配る食事は“マクドナルド”になっているのですが(笑)






伊達伸明×チチ松村 コラボの <建築物ウクレレ化保存計画> 申し込み受付中!






 <建築物ウクレレ化保存計画>と題して、トーク&ミニコンサートを開催します!

 取り壊される建物の部材からウクレレをつくる伊達伸明さんと、GONTITIのチチ松村さんがコラボ。


   伊達伸明
   チチ松村


  9月17日(土)午後2時から、大阪歴史博物館で開催します。

 事前申し込みが必要です。申し込みは、8月26日(金)まで(消印有効)。

 詳しくは、大阪歴史博物館ホームページ <民都大阪の建築力> で!






展示中の<鍋島>、「葦火」で紹介






 大阪文化財研究所の情報誌「葦火(あしび)」8月号が発行されました。


   葦火


 表紙と巻頭記事は、佐賀藩蔵屋敷跡で発掘された磁器<鍋島>についてです。

 現在、大阪歴史博物館の特集展示「新発見! なにわの考古学2011」では、この資料の一部を展示しています!


   佐賀藩蔵屋敷跡の鍋島焼


 巻頭の報告は、市川創「陶技の粋-佐賀藩蔵屋敷跡出土の「鍋島」-」。

 昨夏から今年の初めにかけて実施された佐賀藩(鍋島藩)蔵屋敷跡(大阪市北区西天満)の調査では、354点もの鍋島が出土しました。

 鍋島は、佐賀藩窯で製造された高級磁器です。
 その高級品が、なぜこのように大量に出土したのか?

 この鍋島は、ゴミ穴から出土したのですが、その穴は江戸時代の大火(妙知焼け、1724年)の後に掘られたものです。
 つまり、大量の磁器は、火災によって使い物にならなくなった品が廃棄されたということなのです。

 出土した食器からは、細かな傷も観察され、実際に藩主らが使用したのだろうと、記事では推測しています。

 それにしても、大火で高級磁器が壊れたとき、蔵屋敷で働いていた藩士たちは、どんな気持ちでそれを捨てたのでしょうか。
 
 蔵屋敷が、単なる「倉庫」ではなかったことを示す資料としても、たいへん面白いですね。

 
 この鍋島が展示されている特集展示「新発見! なにわの考古学2011」は、10月3日(月)まで開催中!

 そして、大阪文化財研究所発行の文化財情報誌「葦火」については、こちら をクリック!!






ステンドグラスの見方が学べる! ~ <ステインドグラスのみかた・楽しみ方>を開催 ~






 節電の夏なので、新聞にも<博物館の節電>という記事が目につくようになりました。

 当館も、もちろん節電対策に取り組んでいて、事務所の空調温度設定をアップするとか、エレベータホールの照明を間引くとか、お客さまのゾーンでもエスカレータホールを消灯するなど、小さな節電を積み重ねています。

 さて、好評開催中の特別展「民都大阪の建築力」では、8月20日(土)に、鑑賞講座<ステインドグラスのみかた・楽しみ方>を開催します。

 講師は、ベニス工房主宰の羽渕恭夫 号紅洲さん。
 ベニス工房は、もともと羽渕さんの父・寛さんが大正時代に大阪で開いたステンドグラスの工房です。恭夫さんは、お父さんの跡を継がれ、製作に取り組んでおられます。大阪市中央公会堂の再生工事の際、そのステンドグラスの修復にも携わった方です。

 羽渕さんによると、ステンドグラスにはヨーロッパ式とアメリカ式があるそうで、中央公会堂は後者で、光を通さなくても色が綺麗なのだそうです。

 この講座では、羽渕さんからステンドグラスの製作や鑑賞法について、教えていただきます。

 8月20日(土)午後2時より、大阪歴史博物館・4階・講堂にて開催(受付は午後1時30分から、当日先着順、参加費300円[特別展観覧券または同半券をお持ちの方は無料])。
 詳しくは、当館ホームページをご覧ください。





山梨からのお客さま






 夏休みの一日、山梨県から小学生のツアーが来館されました!

 山梨の新聞社・テレビ局が主催するツアーで、県内の小学生36名が参加。2泊3日で関西各地を回られるのです。
 名付けて<関西子ども探検隊>。
 今年は初めて大阪歴史博物館が選ばれました。光栄です!

 今朝5時半!、山梨を出発され、京都の「おたべ」に行ってから、当館に来られました。
 今晩は大阪市内に宿泊し、明日は海遊館や池田のインスタントラーメン発明記念館、淡路島の震災記念館などに行かれるそうです。
 盛りだくさんのツアーですね。

 小学生たちは、1時間半かけて常設展示を見学されました。
 私は、当館担当となったグループのみなさんをご案内しました。
 帰ってから“新聞記事”を書かれるそうで、熱心にメモっている姿がけなげでした。

 山梨のコドモから見ると、やっぱり大阪の歴史って珍しいのかなぁ。

 ということで、私自身が話していたので写真はありません。
 代わりに、パチリ!


   ぶどう


 山梨らしいお土産をいただきました。ありがとうございます!

 小学生のみなさん、明日以降も楽しいツアーを続けてください!!







遠くの火を見る






 今日は昼間忙しかったので、夜少し残って図録の原稿を書いていました。

 何の図録?

 この10月15日(土)から始まる特別展「心斎橋 きもの モダン -煌めきの大大阪時代-」の図録原稿です。


   心斎橋きものモダン


 この暑さからは容易に信じられないのですが、秋はもうすぐ。10月半ばの展覧会までは、あと2か月しかありません。
 いま図録を書いているというのも、少し遅めかも。
 秋の展覧会も冬の展覧会も、夏に佳境を迎えているのです。

 切りを付けて博物館を出ると、ちょうど8時でした。
 ふと、大文字が見えるかなぁ、と思ったのです。
 さすがに大阪から京都五山の送り火が見えるわけもないのですが、その代わりに、なぜだか少し前に聞いた遠くの火を見た話を思い出したのでした。

 昨年の夏だったか。会合までに時間があったので、京都の東山をぶらっと歩いていました。祇園のお茶屋街を抜けると、ある神社の境内に入りました。気が向いて、絵馬堂-といっても展示館になっている-に入ったのです。

 ひと通り見終わった後、そこの番をしている奥さんと話しました。なぜそういう話題になったのか、よく覚えていません。そんな絵が掛かっていたのかも知れません。私は奥さんから京都駅が燃えた話を聞いたのです。

 奥さんがこの神社に嫁入りしたての頃、ある秋の日に京都駅が火事で焼けたのだそうです。
 それが神社から見えたという。
 そこは八坂神社の近くで、今では京都駅を望むべくもないのですが、その日は赤々とした火が見えたという。

 私は半信半疑で、駅が焼けた話を聞いたのでした。

 話の後、別棟の社務所に飾ってあるガラス作家チフーリの作品を見せてもらいました。見るうちに、いつか神戸市立博物館でこの作家の展覧会があったことを思い出しました。すると奥さんは、その図録も見せてくれるのです。作品を設置するときに、チフーリ自身も来たといいます。
 この作品を見るのも本当は有料なのだけれど、ただで見せてもらいました。そして時間が来たので、丁寧に礼を言って、また暑い京都の町を歩いたのでした。

 あとで調べてみると、京都駅は昭和25年(1950)に焼失していました。大阪で綿業会館や大ビルを手掛けた渡辺節が、大正の頃、若き鉄道省時代に設計した駅だったそうです。
 焼けたのは、ちょうど60年前。年配の奥さんが嫁入りした頃と合致するようにも思えます。

 お盆だからか大文字の日だからか、去年の話を思い出しました。奥さんは、今頃はきっと大文字を眺めておられることでしょう。
 






お盆もやってます! ~ 観光に勉強に、大阪歴史博物館 ~






 お盆休みになりました。

 大阪歴史博物館も、お休みの家族連れや、久しぶりに大阪に帰省された方、そして外国からのお客さま(特にアジアからが多い)で、にぎわっています。


   お盆風景


 チケット売り場にも列が出来ていますね。受付スタッフも、先月来、土曜・日曜は<ゆかた>姿でお出迎えです。

 今日は、常設展示だけで、1,000人以上のお客さまにご観覧いただきました!

 夏休みは、学校の宿題のために来館される方も多いのです。
 今朝も、小学生のご家族連れがいらっしゃり、大阪城をテーマにした課題が出ているので、それを調べに当館と大阪城天守閣に来られたとのこと。

 当館と天守閣にはお得なセット券があり、小中学生は無料ですので、リーズナブルに2施設を見て回ることができます。
 セット券には、もれなく大阪城公園周辺の史跡マップが付いています。今日のご家族連れにも、地図を示して、隠れた穴場? などをご紹介しました。

 ただ、学校の先生が言われたという、映画「プリンセス・トヨトミ」みたいな“秘密の施設”はないんです… ゴメンナサイ!

 夏休みの自由課題の勉強にも、ご利用ください!

 
   お盆風景


 こちらは、<難波宮遺跡探訪>という、地下に眠る遺構のガイドツアー。これも、自由課題に使えるかも…
 古代史ファン、考古学ファンの方にも必見です。

 写真は、今朝11時の回のようすですが(1日6回実施です)、参加の方が多かったので、ボランティアスタッフが2グループに分けてご案内しています。
 さすが、お盆休み!

 このツアーは、参加無料ですので、ぜひのぞいてみてください。


   友の会展示解説


 こちらは、友の会の会員さん限定の展示案内。
 酒井学芸員が、特別展「民都大阪の建築力」をガイドしてくれました。酒井君は、今日は友の会向けのガイド2回、一般向けの展示解説1回と、1日で3本も展示解説! これは大変です。お疲れさまでした。

 明日8月14日(日)は、講演会「大阪の歴史を掘る2011」が開催されます。
 菱田哲郎さん(京都府立大学)と、宮本康治さん(大阪市教育委員会)にお話しいただきます。こちらも、楽しみですね。 

 明日は、今日以上に大勢のお客さまにおいでいただけそう。
 私も、ゆかたを着て皆さまのご案内に努めます。






開高健邸のウクレレ ~ 建築物ウクレレ化保存計画 ~






 取り壊される建物から部材を取ってきて、ウクレレを作る。

 そんな奇想天外ともいえるプロジェクトを行っているのが伊達伸明さん。先日お会いする機会がありましたが、物静かでリラックスしたムードが、ウクレレとつながるような気も…

 そんな伊達さんが制作したウクレレが、開催中の特別展「民都大阪の建築力」で展示中です。


   ウクレレ 伊達伸明氏蔵


 こちらは、阿倍野区にあったお風呂屋さん<美章園温泉>のウクレレ。
 美章園温泉は、登録文化財の近代建築としても親しまれていました。

 「貴重品は番台へ!」なんて、おかしいですね。


   ウクレレ


 裏面をのぞいてみると、なんと下足箱のカギが! 「22」番ですね。やっぱりこれは、田淵の背番号ですね、きっと。私と伊達さんとは同世代ですから、たぶん当たり? 今度伊達さんに聞いてみよう!

 部材も展示しています。


   ウクレレ 本館蔵(銭湯文化サポーター’S 寄贈)


 次は、こちら!


   ウクレレ 伊達伸明氏蔵


 文豪・開高健のすまいの部材から作ったウクレレ!!

 開高健というと、大阪出身の作家。有名な洋酒メーカーの宣伝マンから作家に転じ、晩年は釣り好きなことでも知られました。私は、やっぱり大阪的に「日本三文オペラ」という、砲兵工廠跡にうごめくアパッチ族を題材にした小説が好きです。

 その開高健が7歳から21歳までの多感な時期を過ごした自宅をウクレレにしたものです。

 伊達さんは言います。

 ハタから見ると開高健氏とウクレレとはいかにもミスマッチだが、世界中を驚異の馬力で駆け回った氏が、50歳を過ぎてから自らの育った地を訪ねて、「音」を手がかりに往時を回想し「破れた繭」を書かれたこと、そしてそこに「耳の物語」という副題がつけられているという点がウクレレ化計画と接点があるように思えたので、制作してみることにした。 (展示図録より)

 作家の耳がウクレレになって甦った…

 どんな音が奏でられるのか、聞いてみたい気がします。


   ウクレレ
   旧開高邸 玄関モザイクタイル(個人蔵)


 他にも、サンケイホール、愛日小学校、喫茶大大阪などなど、さまざまな建物部材から制作したウクレレを展示中。<建築物ウクレレ化保存計画>の成果、一度ご覧になってみてください。


 なお、伊達伸明さんとGONTITIのチチ松村さんがコラボする、トーク&ミニコンサート<建築物ウクレレ化保存計画>は、9月17日(土)に開催! 

 ついに、ウクレレの音色が聞ける! チチ松村さんの登場も楽しみですね。

 詳しくは、当館ホームページを!(事前申込制、応募多数の場合は抽選となります) 





古本市と多鯰ケ池伝説






 京都・下鴨神社で始まった納涼古本まつりに出掛けた。
 時折、こういう古本市に行って、勉強材料になる古書を求めてくる。

 初日に行くと、いつもお会いする恩師にやはり出会って、挨拶をする。そのあと、いろいろ見て回った。
 30店以上が出店している大規模な古本市で、神社の馬場にずらっと並んでいる。


   古本市

 
 学芸員には、仕事柄、古書好き、古美術好きの人が多い。私はコレクション癖はないので、自分の勉強に資する文献を求める。

 古本市には当たり外れがあって、いい本が一杯あるときもあれば、ほとんど買いたい本がない日もある。今日はどちらかというと後者に近かった。
 
 そのなかで、求めた一冊が、これ。


   湖沼めぐり


 田中阿歌麿『湖沼めぐり』。大正7年(1918)、博文館から刊行された。
 博文館は観光案内書をたくさん出している。この本の存在は前から知っていたけれど、あまりにも安かったので、すぐ買った。800円也!

 田中阿歌麿(あかまろ、1869~1944)といっても、今ではほとんど知られていないが、日本湖沼学の草分けである。
 私はこれまで、田中の『趣味と伝説 湖沼巡礼』(日本学術普及会、1927)を手元においていて、日本の著名な湖沼については、これで内容を確かめていた。先日も三方五湖を訪ねたが、そのときも同書を読んで大変勉強になった。この道の泰斗だけれど、文章は分かりやすいのである。

 『湖沼めぐり』は、湖沼の学術的解説に加えて、そこを訪ねた際の紀行文的な面も持っている。その分、読み物としても楽しめる。
 はしがきに書かれた斯学創始の苦労話も共感させられる。

 ぺらぺら繰っていると、鳥取にある多鯰ケ池(たねがいけ)の伝説が書き留められていた。興味深いので、長文だが引用してみよう。


 昔、因幡国の宮の下村に名高い長者があつた。他にならぶ者のない長者で、多くの田地や、山林を持ち、多くの下男下女を使つて、豪奢な生活をして居た。この長者が或時新しい一人の下女を雇ひ入れた。この女は細川村といふところの者で、名をお種といひ、大変美しい女であつた。お種は主人にもよくつかへ、友達との仲もよく、皆からも愛されて日を送つて居た。(中略)

 或る秋の夜であつた。皆はいつもの様に、一日の仕事を終つて、炉辺に集つて面白い世間話に時をすごしてゐたが、誰かの発議で、何かおいしい物を食べようといふことになつた。其時「私が皆様に御馳走をいたしませう」と美しいお種が云つた。

 やがてお種は支度の為めに、暗い外の方へ出て行つた。皆の者は、お種がどんなおいしい御馳走をしてくれるだらうと話し合つて、お種の帰りを待つて居た。しばらくしてお種は帰つて来た。

 「お待遠さまでございました」と云つて、お種は重さうな籠を皆のまへに置いた。見ると、それには赤く熟して、露の垂れさうな柿の実が入つてゐた。皆の者は、こんな柿を今まで食べたことがないので、喜んで皆食べてしまつた。

 次の夜も、皆が炉辺に集まると、昨夜の柿のおいしかつたことが思ひ出されて、又今夜も食べたいと云つた。するとお種は又外へ出て行つて、昨夜とおなじ柿の実を取つて来た。

 かうしてその秋の間に、お種は度々皆のために、美味な柿の実をとつて来ては食べさせた。皆の者も、初めの中は別に何とも思はないで、柿の実を食べてゐたが、あまり度重なるので、誰いふとなく、「お種さんは何処から柿の実を取つてくるのだらう」といひ出した。(中略)

 或夜お種は、いつものやうに柿の実をとりに出た後で、下男達は、「今夜こそお種が何処へ行くか見届てやらう」と申し合せて、二三人でお種のあとをそつとつけて行つた。

 あとから下男達がついて来るとは露知らぬお種は、暗い中を草履をはいて、スタスタと急ぎ足に歩いて行く。寂しい田舎道を歩いて、やがてお種の着いたところは、湯山村の人里はなれた物凄い池であつた。

 やがて、お種は渚に立つて、静かに池の中に入り、池の真中にある小さな島に着いて、その島にある柿の樹から赤い実をとりはじめた。そのお種の姿を見た下男達は、見る見る真蒼になつて、ぶるぶるふるへながら一散に其処を馳出した。あの美しい女とばかり思つて居たお種が、見るも怖ろしい大蛇の姿となつて、池を泳いで行つたのである。(中略)

 その夜からお種は再び主家へは帰つて来なかつた。それから後は、主人の家に絶えず不幸が続いて、さすがの長者の家も見るまに衰へてしまつた。

 後に、この池を種ケ池と呼ぶやうになつた。村人は毎年沢山の餅を搗いて、池に持つて行き、小さな餅を一つづゝ木の葉に乗せて池に投げ入れると、餅は池の真中に出て、渦巻の中に吸はれるやうに巻きこまれてしまふさうである。(後略)
                 (田中阿歌麿『湖沼めぐり』)


   湖沼めぐり
    『湖沼めぐり』図版 多鯰ケ池


 まるで“日本昔話”のような伝説で、種ケ池(多鯰ケ池)の名の由来譚である。

 あるいは、昨年、西湖(山梨県)で再発見されて話題になったクニマスは元は田沢湖に棲息していたが、この魚の名も田沢湖に飲み込まれて魚に変じた「お国」という女性名に由来するという。田中は、そういったことも書き留めている(『趣味と伝承 湖沼巡礼』)。

 田中阿歌麿は、明治30年代から湖沼研究を開始した。『湖沼めぐり』を読むと、明治の学者らしい幅広い関心と丹念な調査のあとがうかがえる。

 古い文献からは、さまざまな歴史的事実を教えられるのだが、同時に、領域を切り開いた先学の苦心と熱意が伝わってきて、われわれに力を与えてくれる。






呉に立ち寄る






 広島県へ行った折、時間を見付けて呉(くれ)に立ち寄った。
 呉に来るのは、2003年~2005年頃以来だろう。

 2003年に訪れたときは、新しい施設はまだ建設中だったと思う。最後に行ったときには、もうオープンしていたはずだが、仕事のため訪問できなかった。
 
 その施設は、呉市海事歴史科学館。
 この名称よりも、<大和ミュージアム>という愛称で通っている。

 今回、二つの原爆の日の間に訪れることになった。夏休みのせいか、平日にかかわらず館内は賑わっていた。

 この博物館を有名にした模型。


   大和ミュージアム


 戦艦大和の1/10の模型である。長さは30m近くになる。
 吹抜け空間の上からも見ることができる。

 常設展示室は、最近の歴史展示らしいオーソドックスなスタイルで、パネルや映像を多用したものだった。この写真では、下のガラスケース内に実物資料が陳列されている。


   大和ミュージアム


 <大和ミュージアム>という愛称から、戦艦大和の博物館というイメージがあったが、海軍の拠点として発展してきた呉と海軍施設の歴史を詳しく説いている。そして、呉で建造された艦艇が活動した戦争の歴史を示し、軍艦の模型なども多数そろえられている。最後の一室は、戦後の歴史にスペースを割く。
 大和については、他の艦船とは異なり詳しく紹介されている。呉海軍工廠では133隻の艦艇を建造したそうだが、その技術的な頂点が大和という位置付けだからだろう。

 他に、零戦や特殊潜航艇、人間魚雷「回天」などの大型実物資料も陳列されている。3階には、船のしくみなどが体験的に理解できるフロアもある。


   大和ミュージアム


 <大和ミュージアム>という愛称と、展示のなかみ(まさに海事歴史科学館)とは、ギャップがあるという印象で、館名が来館者に与えるインパクトの大きさを思わずにはいられない。

 
 私が初めて呉を訪れたのは、もう四半世紀前くらいになるだろう。
 驚いたことは、街なかを白いセーラー服を着た水兵さん(もちろん男性)が歩いていたことだ。海上自衛隊の若者だったのだろうが、カルチャーショックを受けた。

 私より80年ほど前に、この街を訪れた作家・田山花袋は、次のような記述を残している。

 
 呉は今、市になつてゐる。頗ぶる盛な市になつてゐる。横須賀などよりもぐつと賑やかで、そして活気に富んでゐる。電車が出来てゐて、それが縦横に市中を走つてゐる。
 私は日露戦役の当時、そこに、宇品から汽船でやつて来たことがある。汽船の甲板の上から見た呉港の活躍--白い黒い煙が一面に颺つて、機械の音が凄じく海に轟きわたつてきこえてゐる。港には、戦地から今帰つて来たばかりの軍艦が幾艘も幾艘もそこに碇泊してゐる。司令官旗などが高く檣頭も揚つてゐる。運送船が港の傍を通つて、そして勇しく出て行くのが見える。その光景は今でも眼の前にちらついてゐる。
 町を通ると、海軍の水兵が其処此処に行つたり来たりしてゐる。号外売が鈴を鳴して凄じい声を立てゝ通つて行つてゐる。丁度マカロフ提督の戦死、広瀬中佐の戦死時分のことなので、人気が立つて、誰の顔にもそはそはしたやうな表情が見えてゐる。号外の声をきくと、血が沸き立つといふやうな気分であつた。其時要塞の砲兵がぞろぞろ町を通つてゐた。国旗が戸毎に風に飜つてゐた……。
 (中略)
 呉の町は通りが広くつて、一寸東京の一市街をそこに移したやうな感じがする。電車は市内の全線を五区に分つて走つてゐる。(中略)区裁判所だの、郡役所だのがある。海軍の鎮守府のある方には、造兵廠、造船所、製銅所などがある。その造兵廠は規模がすこぶる大で、日本第一との称がある。
 軍港は西南に面してゐる。
            (田山花袋『日本一周 中編』博文館、1915年)


 呉が大きな街で活気にあふれていること、水兵や砲兵などが大勢歩いていること、日露戦争の戦勝に「血が沸き立つ」ような雰囲気であることなどが綴られている。

 花袋の時代より随分後だが、呉市の人口は、1940年代には40万人に達した。これは、当時の六大都市に続く都市群に属する規模となる(現在は約24万人)。
 すでに日露戦争の頃に、発展する呉の市勢が花袋の文章からうかがえる。私が出会った水兵たちは、とてものんびりとした街角を歩いていたが、それは戦後の光景というべきものだったのだろう。

 今回は<大和ミュージアム>だけでも駆け足で拝見することになったが、次回呉を訪れるときは、じっくり市内を歩いてみようと思った。





<なにわ歴博講座 -近代の大阪 都市のかたち・文化->を開催します!






 恒例の<なにわ歴博講座>、夏の講座は「近代の大阪 都市のかたち・文化」として、4回連続で開催します。

 8月12日(金) 酒井一光「描かれた校舎-戦前期の大阪市立小学校を例に-」
 8月19日(金) 飯田直樹「100年前の警察がつくった夜学校とその子どもたち」
 8月26日(金) 船越幹央「明治後期における大阪の『塔』」
 9月 2日(金) 伊藤廣之「大正・昭和の郷土趣味と大阪」

 今回は、特別展「民都大阪の建築力」にちなんで、最初の2回はその担当者がお話します。

 酒井学芸員の講座では、大正後期から昭和初期に市内中心部で建てられた鉄筋コンクリート造校舎について取り上げ、その建築と設計に際して描かれた透視図の特徴などについてお話します。

 飯田学芸員の講座では、百年前に大阪府警察がつくった夜学校の運営や内容などについて紹介し、社会福祉の歴史上、どのような意義をもっているのかお話します。

 なお、3回目の船越学芸員の講座では、通天閣(1912年竣工)以前に造られた大阪の展望施設について紹介します。
 
 いずれも金曜日の午後6時30分から開講します(参加費:各回200円)。
 特別展「民都大阪の建築力」とあわせて、お聴きいただければと思います。

 詳しくは、大阪歴史博物館ホームページをご覧ください。






“田辺大根”のお土産をいただいた






 同僚のお客さまがお持ちになったお土産。
 ダイコンのようなラッピングでかわいい!

   田辺大根


 その名も<田辺大根>という銘菓。
 もちろん、ほんものの大根ではなく、ほんのり生姜味のする美味なかるかんです。大阪市東住吉区の松屋さんが作られた品です。なんと、田辺大根エキスも入っているとか!

 この田辺大根、大阪の伝統野菜のひとつですが、大阪歴史博物館の展示にも登場するのです。ご存知でしたか?


   田辺大根


 常設展示7階(近現代フロア)<公設市場>の復元コーナーです。
 ここの八百屋さんに、大阪の伝統野菜が並んでいるのでした。


   田辺大根


 写真中央が田辺大根です。
 ちなみに、その左右が天王寺蕪(かぶら)、一番右が勝間南瓜(こつまなんきん)です。

 田辺大根とは、どういう野菜なのか? 大阪市農業センターの印刷物には、次のように書かれています。

 東住吉区田辺地区特産の白首の大根。根部は白色の円筒形で末端が少し膨大した丸みを帯びたもの。長さは約20cm、太さは約9cmほどで、葉に毛がないのが特徴。肉質は緻密、柔軟で甘みに富んでいます。
 塩サバの身をとった後の頭や骨を田辺大根と一緒にすまし汁にした「船場汁」は商人の町大阪・船場の食文化でした。

 なるほど。
 戦後途絶えていた時期があったのですが、近年、地元の方らの努力により、復活しています。碑が建ったり、キャラクターができたり、盛り上がっているようですね。

 農業センターの印刷物であげられている<大阪市なにわの伝統野菜>は、8つあります。

 ・天王寺蕪(てんのうじかぶら)
 ・毛馬胡瓜(けまきゅうり)
 ・田辺大根(たなべだいこん)
 ・玉造黒門越瓜(たまつくりくろもんしろうり)
 ・金時人参(きんときにんじん)
 ・勝間南瓜(こつまなんきん)
 ・大阪しろな
 ・源八もの(げんぱちもの)(芽じそ)

 近年は復活栽培されているので、みなさんの食卓にのぼることもあるかもしれませんね。

 めずらしいお菓子を美味しくいただきました。


 ※銘菓処 松屋 ホームページ





大阪市中央公会堂の設計競技 ~ 幻のプランも ~






 大阪歴史博物館では、特別展「民都大阪の建築力」、好評開催中です!


   公会堂コンペ図面


 今日は、大正7年(1918)に竣工した重要文化財<大阪市中央公会堂>の設計競技図面を紹介します。

 大阪市中央公会堂が株式仲買人・岩本栄之助の寄付により建設されたことは著名です。その建物の設計にあたっては、設計競技(コンペ)が実施され、全国の建築家13名から案が寄せられました。
 応募者は、岡田信一郎、長野宇平治、矢橋賢吉、伊東忠太、大江新太郎、大沢三之助、片岡安、古宇田實、宗兵蔵、武田五一、田辺淳吉、中條精一郎、塚本靖です。


   公会堂コンペ図面


 1席に輝いた岡田信一郎の案です。
 この透視図は、裏打ちされていて、他の案よりも、よく見られてきたという感じです。デザイン的には、中央上部に設けられたアーチが、他案に比べて華やかな印象を与えます。


   公会堂コンペ図面


 これは、その断面図の1枚。緻密な線が見どころです。

 大阪の商業建築の名手・宗兵蔵(そう・ひょうぞう)の案。


   公会堂コンペ図面


 現実的なプランで、堅実にまとめられています。その分、岡田案のようなイメージの膨らみに欠けるかも知れません。


   公会堂コンペ図面


 大江新太郎案。ワイド一杯にオーダーを並べ、上部にドームを載せています。こんなのも悪くないのでは。


   公会堂コンペ図面


 これは、期待の伊東忠太案。アジアの建築にも通じ、動物のモチーフを取り入れたり、ちょっと奇抜な造形をしたりしている伊東忠太にしては、かなり穏便?

 このほかにも、他案の透視図を展示しています。展示替がありますので、ご注意ください。
 8月22日(月)までが前期(現在の展示品)で、そのあと展示替をして、8月24日(水)から後期の展示となります。

 この機会に、“幻の”公会堂案もご覧ください!





近鉄ガイドブック<大和を歩こう>






 前回、電鉄系のフリーペーパーを紹介しました。今日は、その流れで、少しタイプの違ったものを取り上げましょう。

 先日、京阪・淀屋橋駅で見つけた、これ!


   大和を歩こう


 近鉄発行のガイドブック、「大和を歩こう」2011年度版。

 なかも撮ってみました。


   近鉄ガイド


 地図や写真が入った史跡ガイドですね。
 
 昨年度に発行されたものの改訂版だそうで、私は7月に見つけたのですが、すでに3月に出ていたようです。
 75ページもあるガイドブックなのですが、なんと無料! 
 奈良の近鉄沿線の社寺・史跡などの案内と、おすすめコースの紹介、そして社寺・博物館などの優待券(57カ所)といった内容です。これがあったら奈良のガイドブック買わなくてもいいかなあ、という感じかも… 手堅くまとめている一冊です。

 近鉄のガイドといえば、昔からある、これ!


   近鉄ガイド


 「てくてくマップ」。上の写真は、柳生街道のものですが、山の辺の道をはじめ奈良には歩きたい道が多いですよね。それを味わいのある手書きで、分かりやすくまとめたのが「てくてくマップ」。駅などでもらえますが、最近はインターネットでも入手可能。 K's PLAZAからどうぞ。

 歴史を学ぶ基本のひとつは、やはり現地を歩くことです。
 こういう無料ガイドがあると助かります。

 たまたま手もとにあった大軌(だいき、大阪電気軌道)のパンフレット。大正14年(1925)のもの。大軌は、近鉄の前身のひとつです。


   大軌ガイド


 「大軌カレンダー 七月号」で、「銷夏の栞(しょうかのしおり)」とあります。銷夏とは、もう使わない言葉ですが、夏の暑さをしのぐという意味です。
 吉野山や吉野川の鮎釣りが紹介されています。

 とてもおもしろいのは、洞川(どろがわ、天川村)が“関西の軽井沢”としてピックアップされていること! 海抜3000尺の高地なので涼しいし、蚊が一匹もいない“夏の楽園”とか。確かに、私も大学時代の夏休みに泊まったことがありますが、いいところでした。でも、蚊帳を吊った記憶があるので、さすがに戦後は蚊はいたようです(笑)
 ちなみに、いま洞川温泉観光協会のホームページを見ると、やはり“関西の軽井沢”と掲げられています。

 電鉄会社は、昔も今も行楽客誘致に熱心です。無料のパンフレット類も、昔は主題ごとにバラバラに出すケースがほとんどでしたが、いまは「TOKK」「Kintetsu News」のようにタブロイド新聞を出して、情報の統合をはかっているのですね。

 また役に立つメディアを見つけたら、紹介します。





電鉄系のフリーペーパー ~ 広告媒体研究 ~






 博物館の仕事で、年々重要度を増しているのは<広告>の出稿です。

 もちろん、当館のような公立博物館の場合、広告予算も微々たるものですから、当然テレビCMなどは夢のまた夢。がんばっても、地下鉄などの中吊り広告が精一杯です。

 海外展など、新聞社・テレビ局などと共催する展覧会の場合、紙面やテレビで大きく紹介され、効果は絶大、来館者も多数になります。
 一方で、博物館独自の企画で、単独で主催する場合、広報活動も広告出稿も自分たちで行う必要があります。

 ここのところずっと私が頭を悩ませているのは、どのような媒体(メディア)に広告を出せばよいのか? ということ。
 そんなわけで、日頃からいろいろな媒体に目を通しています。


   電鉄系フリーペーパー


 みなさんも、電車に乗られるとき、このようなフリーペーパーを読まれる機会があるでしょう。
 私は、いつも“お仕事モード”で読んでいます(笑) 電鉄会社によって、特徴があって面白いのです。

 【TOKK】…阪急電鉄
 関西の電鉄フリーペーパー界で、ダントツの発行部数(60万部)を誇る。唯一、月2回発行で、最も読者が多い。ページ数も多いので、情報量も多め。
 各面下に段数(高さ)の異なる広告が多数掲載される。1面下にまで広告があるのは驚き!
 宝塚歌劇の記事は、お約束。全体に、オーソドックスな編集と感じられる。

 【ホッと!HANSHIN】…阪神電鉄
 いまや阪急とグループになった阪神電鉄。しかし、フリーペーパーの発行部数は少なめだ。
 こちらのお約束は「ココ見て!阪神タイガース」。土井麻由実さんによる選手取材から構成される。8月号の記事は「兄弟って、いいよね~!」。“男前”で売出し中の藤井彰人捕手に兄と妹がいるなど、ファンでない人には“?”な内容。でも、ファンは必読だ。
 私は、終面の「今月の占い」を楽しみにしていたのだが、いつの間にか終わってしまった… この占いでおもしろかったのが“幸運の駅”。たとえば、9月生まれの人は「伝法駅」が、11月生まれの人は「深江駅」が幸運の駅など、阪神らしい駅名のオンパレードで楽しかったのだが。ぜひ復活を!!

 【K PRESS】…京阪電鉄
 大阪歴史博物館は京阪沿線(天満橋駅)ということもあって、特別展情報などを常時掲載いただいているメディア。いつも、ありがとうございます!!
 大阪と京都を結ぶだけあって、両都市のイベントなどを大きく紹介する。「京阪的 京都ツウのススメ」といった文化財解説を行う連載もある。近鉄とならんで、歴史記事の充実度は双璧。
 最近の広告では、京阪エル高架街のものがおもしろかった。お笑い芸人のサバンナ・八木がトレードマークのランニングシャツ姿で高架街を紹介するという設定。思わず、“なんで八木やねん”と突っ込んでしまう。

 【Kintetsu News】…近畿日本鉄道
 近鉄と南海のフリーペーパーは、発行部数が20万部あまりの中堅どころ。
 近鉄らしいのは、「歴史街道 人間往来」の連載。8月号では、国文学者の中西進氏が柿本人麻呂について連載を始めた。最近では五味文彦氏(歴史学者)とか千田稔氏(歴史地理学者)とか、高名な学者による読み応えのあるエッセイ揃いで、他紙と一線を画している。さすが奈良に地盤を置く近鉄の面目厄除だ。
 一方で、広告はあまり載っていない印象がある。

 【NATTS】【P+natts】…南海電鉄
 後者(ピーナッツ)に注目。難波をターミナルとする南海らしく女性向けで、表紙は若い女優やタレントを起用。
 特に気になる連載は、「恋の奥の手」というお悩み相談。未来歩さんというオネエのメイクアップアーティストが読者の悩みに答えるが、その回答が毎回傑作だ!
 8月号のお悩みは、電車で一目ぼれした男性に接近する方法は? という“そんなん無理やろ!!”的なお悩み。歩さんは、親切に「何気ないきっかけを作って、とにかく会話してみるのよ!」と、雨の日に傘をひっかけて謝ってみるなどという、奇想天外?な方法をすすめる。電鉄系とは思えない意外なコーナーで◎!!

 このほかにも、当館でもよく広告を出している「スルッとKANSAI遊びマップ」や、大阪市営地下鉄駅に設置されている「Oppi(オッピ)」など、背を綴じた冊子体のフリーペーパーもある。


 電鉄系フリーペーパーは、各社の個性もうかがえるけれど、最近どれも同じようになってきたなあ、という印象。
 オネエの人生相談みたいに、他紙を気にせず、ユニークな紙面づくりをした方が、読者も喜ぶと思うのですが。

 広告媒体さがしに悩む私は、今日もフリーペーパーを読むのでした。






プロフィール

なにわ歴博

Author:なにわ歴博
大阪歴史博物館

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