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なにわ歴博講座のお知らせです!






 7月末から、恒例の「なにわ歴博講座」第2弾を開催します!

 今回のテーマは「考古学-出土物・検出遺構から考える-」。
 7月25日(水)から開幕する特集展示「新発見!なにわの考古学2012」にあわせた企画です !!

 以下の4本を当館学芸員がお話します。


 7月27日(金) 寺井 誠「東と西をつなぐもの-特別展「ウクライナの至宝」の紹介を兼ねて-」

 8月3日(金)  杉本厚典「邪馬台国時代の二重口縁壺-壺の新古を判定するための形式学的なツボ-」

 8月10日(金) 積山 洋「祭祀具が語る古代難波の祈り」

 8月17日(金) 李 陽浩「難波宮の造営期間と造営日数について」


 いずれも、午後6時30分から(開場は午後6時から)です。参加費は各回200円。
 詳しくは、大阪歴史博物館ホームページをご覧ください!





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これが“ニセモノ”とは!?






 ここ2、3日、私の頭を支配しているのは、大阪・淀屋橋にある住友ビルディング。つまり、旧住友銀行(現・三井住友銀行)の本店だったビルです。


   住友ビル


 大正末から昭和初期にかけて建築されたビルで、大阪を代表する、否、日本の20世紀建築を代表する作品のひとつとして、大川端にそびえ立っています。

 このビルについて、一昨日、子細に眺めていたら、いくつも疑問が湧いてきました。
 そのひとつが、この建物の外壁。
 私はこれまで、その黄色っぽい壁が、兵庫県高砂付近で産する「龍山石(たつやまいし)」だと思っていたのです。各種の書物にもそう記されています。


   住友ビル


 ところが、造られた当時、雑誌「建築と社会」に紹介された際、その外壁は「龍山石人造石」だと記されているのです…

 「人造石」 !?

 なんということ! 本物じゃないのか !!

 いてもたってもいられず、今日、仕事の帰り、淀屋橋に行って、暮れなずむ住友ビルを熟覧しました。
 ミュージアム等で使う単眼鏡を使って、綿密に壁を見ると…。 果たして、人造だった…

 いわゆる擬石(ぎせき)というやつで、モルタルに砂利等を混ぜて「石」のように見せる手法でした。
 もっとも、玄関周りの目立つ部分には本物の龍山石を使っており、それ以外の大部分に擬石を用いています。モルタルに混ぜられている砂利は、おそらく龍山石を砕いたものでしょうね。


   住友ビル


 写真の左側が本物の龍山石を使った部分。右側が擬石(人造石)です。近寄って見ると、はっきり分かります。


 それにしても、“ニセモノ”と分かってからも、どうも“本物”の石に見えて仕方がない。それほど、よくできています。

 坂本勝比古先生は、「住友本社ビルといえども費用の節減を図っていることがうかがえ、そこには住友の社風であった質実な精神の一端が読みとれる」と指摘されています。
 たしかに擬石の使用は経費節約なのですが、この巧みな技は、職人の技術の高さを示して余りありません。そこがまた、住友のグレードだと納得するのです。

 帰宅時、単眼鏡でビルの壁を見ている私は「?」な存在以外の何ものでもないのですが、学問って、そういうときが一番愉しいんですよね(笑)




菊人形復活!






 先日、このブログで「菊人形って?」と題して、いまの若い人たちが菊人形を知らないということを書いた。

 その直後、菊人形復活の報道が出た!


   菊人形復活
   朝日新聞 6月26日付夕刊


 「ひらパー菊人形展 復活」という大見出しで、開園100年の今年、10月6日から11月25日まで、清盛と頼朝をテーマに開催されると報じている。記事は、こちら。

 ちょっと驚いた。実は、複雑な気持ち。
 7年前に閉幕したとき、とてもさびしかった反動で、いまさら…という気持ちが湧き上がる。でも、記事には「今後も続けたい意向」とあり、一過性ではない決意が感じられて、心強い思いがする。
 
 毎年開催していた最後の頃、私が感じていたのは、次の3つ。

 ひとつは、観覧料のことだ。枚方パークの入園料に加え、別に菊人形観覧料がいるのである。あわせて千数百円もして、これが菊人形離れにつながっているのではと懸念していた。私など、ジェットコースターに乗るでもなく、菊人形を見るだけなのだから、菊人形だけの料金設定もできればリーズナブルと思う。

 いまひとつは、テーマ。今年も大河ドラマにちなんで「清盛」ということだが、どうだろうか。もっと自由な設定があってもいいのではと感じる。大河ドラマ以前には、朝日新聞の連載小説がテーマになっていたから、この種の設定は結構古い伝統なのだが…

 3つ目は、見せ方。いまの菊人形は「見流し」というスタイルで、いくつもの場面をお客さんが歩きながら見ていく形を取っている。かつては、お芝居のように舞台転換する「段返し」が行われていた時期もあり、たしか90年代後半だったか、ハイテクを駆使して復活したことがある。この段返し、経費がかかるのは承知だが、やってみる価値はあるのでは? 菊人形ファンの私だが、毎年見流しばかりでは…

 
 全国的に見れば、菊人形は、二本松(福島県)や武生(福井県越前市)など、まだまだ開催されている。半世紀以上の歴史を持つところもある。
 さまざまな器物や野菜等で人形などを作る「つくりもの」は、近世以来の伝統で、脈々と受け継がれ来た庶民の楽しみだ。大阪では陶器人形が有名だったが、全国では今も各地で行われている。菊人形は、このつくりものの一種で、現在は廃絶した霧島人形(つつじ人形。大阪・淡輪などで開催)などとともに、生花を用いた最も華やかな存在といえる。

 いまや、単なる興行の域を超えた「文化」である。関係者のご努力は並々ならぬものがあると察する。秋にはぜひ見に行って、菊人形の素晴らしさと伝統を再び実感したい。


 最後にひとこと。これまで外国人客をほとんんど見掛けなかったけれど、海外ツーリストを呼び込めば、意外に受けるのでは?




<地震と津波展>プレシンポジウムのお知らせ






 大阪歴史博物館では、7月25日(水)より、特別企画展「大阪を襲った地震と津波」を開催します。

 展覧会の内容は、改めてご紹介するとして、今日は展示に先立って行うプレシンポジウムのお知らせです。
 
 タイトルは、「ここまでわかった! 地震・津波と液状化 -その歴史と現在-」。

 日時は、7月22日(日)午前10時30分~午後4時30分です(参加費無料)。

 地質学・考古学・歴史学などの専門家を招き、総合的に展開するシンポジウムです。


 1 「大阪市域で見つかった地震と地すべりの跡」
    趙哲済(大阪文化財研究所総括研究員)
 2 「江戸時代の大坂を襲った地震と津波」
    八木滋(当館学芸員)
 3 「関西地域の液状化に係わる地盤の状況」
    三田村宗樹 氏(大阪市立大学大学院理学研究科教授)
 4 「千葉県の液状化の現象」
    風岡修 氏(千葉県地質環境研究室主席研究員)
 5 「地震考古学から見た関西の地震」
    寒川旭 氏(独立行政法人産業技術総合研究所客員研究員)

 司会:熊井久雄 氏(特定非営利活動法人地盤・地下水環境NET副理事長)

 
 歴史事象から現代の問題まで、最新の研究成果が聴けそうですね。
 
 ご参加には、往復はがきによる事前申し込みが必要です(応募者多数の場合は抽選)。
 申込締切は、7月12日(木)消印有効です。

 詳しい申込方法は、大阪歴史博物館ホームページ(特別企画展「大阪を襲った地震と津波」)をご覧ください!




講演会のお知らせ






 6月下旬から7月上旬にかけて、大阪歴史博物館では、さまざまな講演会等を開催します。

 例えば、次のような催しがあります。


 6月24日(日) 特別展「ザ・タワー」講演会
        「明治20年代の大阪の塔-通天閣前史-」
        (船越幹央学芸員)

 6月30日(土) 「タイル」名称統一90周年記念講演会
        「建築とタイル・煉瓦の魅力」
        (西村清是氏・江副敏史氏・酒井一光学芸員)

 7月1日(日) 特別展「ザ・タワー」講演会
        「都市と塔のものがたり-通天閣から東京スカイツリーまで-」
        (橋爪紳也氏)

 7月7日(土) 歴史学入門講座
        「古代地方官衙と地方豪族」
        (佐藤 信氏)


 また、6月29日(金)からは、金曜歴史講座がスタートします。

 いずれの講演会も、詳しくは、大阪歴史博物館ホームページをご覧ください!






菊人形って?






 今日たまたま、話が展開していって、若い人たちに「生人形」(いきにんぎょう)について説明する必要が生じた。

 わかりやすいたとえと思って、「菊人形の菊がないみたいなやつ」と言ったところ、20歳前後の彼らは、誰ひとり「菊人形」を知らないのだった!

 ん~、確かに。
 枚方の菊人形が終焉を迎えて、もう7年になるらしい。まあ、今どきの小学生は見に行かなかったろうから、菊人形を知らないはずだ。

 私は、かつて展覧会の一部で菊人形を取り上げ、枚方パークさんから昔のポスターなどを拝借したこともあり、それ以来、十数年間毎年見に行っていた。
 ほとんど一人で訪れ、記録写真を撮るのだから、なんとなくさびしかったけれど、秋の楽しみでもあった。それが思いもよらず、終結したのだった。

 それはともかく。

 若い人たちが「生人形」を知らないのは当然としても、菊人形が分からないのは驚きだった。私たちより上の世代は、誰だって一度くらいは見ているし、見ないまでも知っていたのに。
 どうりで最近話が通じないはずだ…、なんて嘆くのである。

 けれども。
 私たち大人世代には、若い人たちに昔の文化(今あるものも、ないものも)を伝えていく役目があるわけで。
 それを放棄してしまったら、大人の存在価値がない…

 私たち博物館の職員は、博物館に若い世代の人たちに来てほしいと切に願っている。
 そのくせ、今日の私のように、若者が知らないたとえを使ったりして、相手の立場になりきれてない。
 やっぱり、想像力の欠如なのか、はたまたコミュニケーションの不足なのか。

 若い人たちに興味関心を持ってもらうためには、少し「語り方」や「語る場」を考えないといけないかも。
 ちょっと反省している今日この頃です。




昔の調査を懐かしむ






 ここのところ、講座や見学会がつづき、準備の必要から、時間を見つけて書庫に行くことが多くなっています。

 大阪歴史博物館では、2階に「なにわ歴史塾」を設けて、みなさんに図書を閲覧いただけるようにしていますが、そこに配架している図書のほかに、上階の書庫に多数の閉架図書を所蔵しています(その多くは、2階で請求していただければ、みなさんにも閲覧いただけます)。

 私たち学芸員は、その書庫へ行って調べものをするのです。

 先日、何を調べているときだったか、書棚に「大般若経」に関する調査報告書を見つけました。ある地方自治体が20年ほど前に出したものです。
 それを見て、はっと思いました。その調査は、かつて私が参加した調査だったからです。

 その自治体では、1980年代後半から90年代前半にかけて、地域の寺社等が所蔵している大般若経を悉皆調査していました。大般若経は、1セットが600巻もある大部なものなので、調査するにも1人や2人ではできません。チームを組んで、写真を撮影する班や法量(サイズ)を測る班などに分かれて、複数日で作業します。
 いまでも、山の上の宿坊や村の公民館に泊まりながら調査したことが思い出されます。私は、いわゆる調査補助員でした。

 書棚から、報告書の第1冊を取り出しました。内容は、記号のような、門外漢には意味不明のものですが、私は真っ先に調査の経緯を記した後書きを見ました。
 そこには、実に懐かしく、いまでは会うこともできない学生時代の友人たちの名前が並んでいました。しかし、私の名前はない…
 意外の感に捉われたのですが、第2冊を見てみました。すると、そこにはちゃんと私の名前が載っていました。そう、最初の頃の調査には、私は参加していなかったのでしょう。
 友人の名前が誤植されていて、ちょっとおかしかったり、「あぁ、こういうやついたよなぁ」と思い出す名前があったり。急にタイムスリップした思いでした。

 報告書は2冊しか収められていなかったのですが、昔を懐かしむにはそれで十分でした。

 文化財の調査は、決して学問的興味を満たすだけのものではなく、貴重な品々を守り、後世に伝えていく営みです。
 そのような調査を通して、社会や文化への理解も深まりますし、何よりも、それを守ってきた寺社や地域の人びとの思いを感じ取ることができます。

 もうすぐ夏。各地でまた、若い学生たちがいろいろな調査に従事し、大切な経験を重ねることでしょう。






タワー展にこの1冊






 特別展「ザ・タワー」、好評開催中です。

 タワー展にぴったりのこんな本が出版されました。

 橋爪紳也『ニッポンの塔 タワーの都市建築史』(河出ブックス)。


   ニッポンの塔


 橋爪先生は、都市や建築の歴史に詳しく、大阪市生れ、現在は大阪府立大学特別教授などを務められています。
 北の九階や浅草十二階など明治20年代の塔から、大阪城天守閣などの復興天守、戦後続々と建てられた東京タワーをはじめとする電波塔、“大衆の塔”通天閣、太陽の塔、都市の高層ビル、そして東京スカイツリーまで、タイトル通り、日本の塔を総覧する内容です。

 橋爪先生には、7月1日(日)に講演会を行っていただきます。

 演 題 「都市と塔のものがたり-通天閣から東京スカイツリーまで-」
 日 時  7月1日(日)午後2時~4時(受付は午後1時30分から)
 会 場  大阪歴史博物館 4階 講堂(定員250名、当日先着順)
 参加費  300円(ただし、特別展観覧券または同半券をお持ちの方は無料)

 詳しくは、当館ホームページをご覧ください。

 特別展「ザ・タワー」を見て、橋爪先生の本を読んで講演を聴けば、あなたも「塔博士」!!





今週も、土曜日は見学会







   平清盛見学会


 6月になり、梅雨入り直前に、見学会「平清盛ゆかりの文化財と史跡」の2回目を行いました。
 三十三間堂などを訪ねた第1回に引き続いてです。

 今日は、六波羅蜜寺から清水寺へ、というサブテーマ。

 しかし…

 土曜日だけに、さすがに清水寺は超満員です !!


   平清盛見学会


 説明するのも一苦労。ちょっと疲れますね(笑)


   平清盛見学会
   六波羅蜜寺本堂(1363年築、重文)


 こちらは六波羅蜜寺です。
 写真は、室町時代に建てられた本堂。
 建物全体の説明のほか、


   平清盛見学会


 たとえば、これはなに?

 本堂の前面についた向拝(ひさし部分)の蟇股の中の意匠です。

 蓮の上にのった円の中の字は、種子(種字)といいます。梵字1文字によって仏様の名前を表すものです。
 この種子は、十一面観音。つまり、六波羅蜜寺のご本尊ですね。

 こんな調子で、小さなものから大きなものまで説明しつつ、進んでいきます。
 もちろん、六波羅蜜寺では、宝物殿で有名な空也上人像や平清盛像も拝観しました。ここでも、旅行ツアーとかち合って、すごい人ごみでしたが…


   平清盛見学会
   六道珍皇寺の迎鐘(鐘楼)


 そこから程近い六道珍皇寺。「六道の辻」があった地で、小野篁(たかむら)が冥界に通ったという井戸もあります。 
 上の写真は、お盆につく迎鐘です。

 最後に、清水坂を上って-ここから物凄い人波で大変だったのですが-清水寺へ。

 “清水の舞台”で知られる本堂をはじめ、ここの建物の多くは寛永年間(1630年頃)に再建されたものがほとんどです。

 お寺なのですが、山内には神社もあり、かつての地主権現(いまは縁結びで有名な地主神社)や春日社があります。

   平清盛見学会
   清水寺・鎮守堂(重文)

 
 これは春日社。いまは鎮守堂と呼ばれています。
 あたりまえですが、春日造ですね。ただし、千木や鰹木がありません。
 小ぶりだけれど、いい建物。重要文化財ですが、メインルートから外れているので、多くの参拝者はご覧になりません。

 立派な本堂は、平面図・立面図を見ながら拝見。
 西国三十三所の観音霊場は、このように崖につくられた懸造(かけづくり)の建物が多いですね。
 私たちは、外陣に上がって、仏様を拝しました(ご本尊は秘仏です)。外陣は、大勢の参拝者を収容できる大空間です。内陣と外陣とを巧みにつないだ構造で、同じ西国三十三所札所の長谷寺本堂と同じような造りになっています。
 やはり風雪を超えて、多くの人びとの信仰を支えてきた空間には、得もいわれぬ雰囲気があります。

 今回も見どころ満載の3時間半でした。

 この見学会(シリーズ【文化財と史跡を見る、考える】)は、秋にも予定しています。
 今度は、ひっそりとしたところに行きましょうね(笑)

 


新ブログ≪なにわでウクライナ≫、始まりました!






 大阪歴史博物館では、9月15日(土)から、特別展「ウクライナの至宝-スキタイ黄金美術の煌めき-」を開催します。

 いまやっている「ザ・タワー」の次の展覧会です。

 今回、新機軸として、この「ウクライナの至宝」展のブログを開きました !!

 ウクライナといっても、ずいぶん遠い国でイメージがわきづらいですし、遊牧民のスキタイについても、余り知識がないですよね。
 そのあたりを担当学芸員がわかりやすくお話します!

 本人も正直に言っているように、ウクライナには行ったことがないそうなのですが(笑)、日本におられるウクライナの方へのインタビューも掲載していますので、ぜひ見てみてください !!

  クリック! → ≪なにわでウクライナ≫

  右の<リンク>の「なにわでウクライナ」をクリックすると、いつでもつながります。

 当ブログとあわせ、新ブログも御贔屓にお願い申し上げます。




プロフィール

なにわ歴博

Author:なにわ歴博
大阪歴史博物館

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