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9月1日は<防災の日>





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 9月1日は、防災の日。

 最近、各地で豪雨が起こるなど、災害が頻繁に発生しています。防災についての意識を高め、十分な備えをすることが必要になっています。
 そのなかで、歴史的な災害を振り返り、そこから教訓を得るということも、重要な事柄のひとつとされています。

 防災の日が9月1日に設けられたのは、90年前の大正12年(1923)9月1日に関東大震災が起こったことによっています。
 この時期は、台風が多く発生する「二百十日」にもあたり、また昭和34年(1959)9月26日には伊勢湾台風が大きな被害を与えたこともあって、翌35年(1960)、防災の日が定められました。

 大阪歴史博物館では、ただいま特集展示「近現代大阪の地震」を開催しています。

   
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 この特集展示では、大きな津波被害をもたらした幕末の安政南海地震から、戦後まもなくに発生した昭和南海地震まで、大阪を襲った地震について紹介しています。
 また、関東大震災の際、大阪で行った救護活動について展示しています。

 9月1日(日)、9月22日(日)、9月23日(月・祝)には、学芸員による展示解説が行われます(いずれも午後2時から)。

 詳しくは、当館ホームページをご覧ください。



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71年前の猛暑






 暑いですね、が挨拶となって久しい今夏。

 今日(8月23日)、ついに大阪市の猛暑日(最高気温が35℃以上になる日)が連続17日となりました。これは新記録だそうです。

 これまでの記録は、昭和17年(1942)の連続16日でした。
 71年前のこの年は、太平洋戦争の真っ只中でした。6月のミッドウェー海戦で主要な艦船を失った日本は、戦局の転換点を迎えていました。
 この夏はとりわけ暑く、7月上旬から大阪でも30℃を超える日が現れ始めました。
 7月21日(火)、この日は猛暑日になりましたが、それから8月5日(水)までの16日間、35℃から37℃ほどにもなる猛暑日が続きました。
 翌6日は、久しぶりに雨が降り、猛暑日を免れました。翌日も雨で、高温の日々はひと息ついたのです。

 この年は戦前で最も暑い年で、名古屋市では最高気温が39.9℃を記録。京都市でのひと夏の猛暑日は36日に上るなど、厳しい夏でした。

 『昭和・平成家庭史年表』(河出書房新社)には、同年7月31日の項に、こんな記述を載せています。

 京都製氷組合と飲食店組合が、贅沢(ぜいたく)な氷の消費はやめることを決議。うどん屋・料理店・喫茶店・カフェーなどでの氷使用の廃止。かき氷を始め、コールコーヒー・冷しうどんにかち割りを入れるのも御法度。

 猛暑のなか、なんとも厳しい措置でした。時局柄、ぜいたくが戒められていた時期。「欲しがりません勝つまでは」を実践する“氷禁止”です。

 それを思えば、クーラーも冷たい飲み物もある現代の私たちは、恵まれているといえるのかも知れませんね。


博物館実習がはじまった





 今夏も、恒例の博物館実習が始まりました!


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 今週は、約20人の学生さんに5日間、博物館のさまざまな仕事を勉強してもらいます。
 その中心は、博物館資料の取り扱い。
 今日の午後は、美術の実習。
 掛軸の扱いや、和本の綴じの実習などを行います。


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 手前は、和本ですね。掛軸を構成する素材も、実物を見せてもらえます。
 和綴じの体験も含めて、なかなかおもしろそうですね!


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 私は昨日、博物館の広報の仕事について話をしました。
 ちょっと学生のみなさんには、なじみがなくて分かりにくかったかも知れませんね。

 ちなみに、主な科目を紹介すると…

 「取り扱いと展示実習」(美術・考古・歴史など、各ジャンルの資料を扱います)
 「遺跡の保存と活用」
 「文化財の分析と保存処理」
 「写真撮影の方法」
 「梱包と輸送の実際」

 学生さんは、みんなまじめに取り組んでくれます。
 将来の学芸員を育成する仕事として、重要な役割をもつ博物館実習です。



暑い! けど、めげない!






 毎日暑いですねぇ、という挨拶も、もう慣れっこになった今年の夏。

 今日(8月12日)は、高知県四万十市で観測史上最高の41.0℃を観測しました。

 四万十市は、高知県西部にあり、合併前までは中村市と西土佐村でした。
 連日高い気温が観測され、今日最高気温が出たのは旧西土佐村です。ここは私も何度か行ったことがあるのですが、清流・四万十川をさかのぼった長閑な山村で、京阪神のようにビルがあるわけでも工場があるわけでもクルマがどんどん走っているわけでもないので、地形上そんな高温になるのでしょうか。

 実際に行ってみると、四万十川で遊泳できるしカヌー乗れるしキャンプできるし星もきれい。すごくいいところなんです。
 今日のNHKニュースを見てみると、「あつさ日本一」という顔出し看板ができた! とか。地元のこどもが作ったらしく、真赤な太陽の下でバンザイしている2人がいる、という看板です。すごく暑いんだと思うけれど、なんだか陽気で楽しそうです。
 四万十市は、下流の中村あたりでも、屋形船に乗れるし川エビ食べられるしトンボ館あるし、とってもいいところなんですね。
 これから、「あつさ日本一」でPRして、全国の人の注目を集めてほしいです。

 こういう“マイナス”を逆手にとった町おこし・村おこしが最近ちょっとしたブームですね。

 四万十市のニュースを検索する合間に、You Tube(ユーチューブ)を見たら偶然「おしい!広島県」のコマーシャルフィルムが出てきました。
 河原さぶ、アンガールズ田中、戸田菜穂という広島出身の3人の俳優によるドラマ仕立てのCF。世界遺産の宮島、名勝の帝釈峡など各地を訪れます。しまなみ海道ではサイクリングをしながら、「しまなみ海道は瀬戸内の美しい島々が見られて最高なんじゃけど、半分は愛媛県なんじゃよねぇ」と“おしい”ことを言う、そんなCFです。

 こういうPR手法は賛否両論なんですが、近年の“自虐”ブームとも相まって、増えていますね。
 私は、こういうのもアリだと思うんですね。ふるさとへの愛が感じられて。
 あんまり自慢しすぎるのも変ですしね。

 まだまだ暑い日は続きそうですが、なんでもPRの種になると信じて、がんばっていきましょう!



特集展示「近現代大阪の地震」、はじまりました





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 新しい特集展示「近現代大阪の地震」が始まりました。
 幕末の安政南海地震から、昭和南海地震(昭和21年)まで、大阪を襲った地震を取り上げる展示です。


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 最初のコーナーは、嘉永7年(安政元年、1854)に起きた安政南海地震の展示です。大阪は、大規模な津波に襲われました。


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 津波の範囲を示す刷り物(本館蔵・村松茂氏寄贈)です。
 この津波の教訓を示す有名な石碑も、パネル展示しています。

 また、今年は関東大震災(大正12年=1923)が起こって90年目にあたることから、大阪市などによる救護活動についても紹介しています。


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 地震を報道する号外も多数展示しています。


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  震災調査広報チラシ(本館蔵・野村吉夫氏寄贈)


 このほか、「濃尾地震と大阪」「北丹後地震と大阪」「河内大和地震」「昭和南海地震」などのコーナーを設け、実物資料や写真パネル等を通して、大阪に被害を与えた地震を幅広く紹介しています。

 特集展示「関東大震災90年記念 近現代大阪の地震」は、9月23日(月・祝)まで、大阪歴史博物館・8階特集展示室で開催中です。
 火曜日は、休館日です。

 詳しくは、当館ホームページをご覧ください。




織田作展、準備中です!





 8月になり、秋季の展覧会も気になるところですね。

 ヱヴァンゲリヲン展の後は、特別企画展「生誕100年記念 織田作之助と大大阪」。
 現在、主催者の織田作之助生誕100周年記念事業推進委員会とともに、準備を進めています!


   織田作之助展


 広報用のチラシもデザイン中!! もうすぐ完成!

 展示品も、代表作「夫婦善哉」の原稿と初版本(大阪府立中之島図書館蔵)や、織田作之助の所用品など、貴重な品が満載です。

 ちょっと話が先走りましたが、織田作之助は、大正2年(1913)10月26日の生まれ。今年が生誕100周年になります。
 生まれたのは大阪・生国魂神社の近くですから、当館からもそんなには離れていません。

 愛称は「織田作(おださく)」。単に織田といっても、作之助といっても落ち着かないけれど、織田作と呼ぶと、しっくりくるんですね。
 織田作は短編の名手で、コンパクトな筋書きのなかに、特徴的な人物の人生がスリリングに描かれているという、今日の重厚長大な長編小説の対極を行っています。
 波乱万丈、浮き沈みの激しい人生がモチーフになるというのは、彼が活躍した戦中・戦後という時代とも関係があるような気がします。

 私が好きな作品は、たとえば「六白金星」。楢雄という破天荒な主人公の少年時代から長じるまでを描いた物語。楢雄の、調子はずれで、おかしな言動が次々とエピソード的に紹介されるのですが、その一々が笑えるけれど何だか分かる、といったものなのです。


 「巧いことやれよ。なに相手はたかが女中(メイド)や。喜んでお前の言ひなりになりよるやろ。デカダンで行け。」
 デカダンとはどんな意味か知らなかつたが、何となくその言葉のどぎつい響きが気に入つて、かねがね楢雄は、俺はデカダンやと言ひふらしてゐたのだつた。
「よつしや。デカダンでやる。」
「煙草飲め!」


 「デカダン」の意味が分からないくせに、デカダン気取りで行くという、あほらしいけれど、誰にでもありがちな心理を巧みに描きます。
 私が大好きなのは、兄・修一と将棋対決をするラストシーンです。


 約束の日、修一が千日前の大阪劇場の前で待つてゐると、楢雄は濡雑巾のやうな薄汚い浴衣を着て、のそつとやつて来た。黝(あをぐろ)くやつれた顔に髭がばうばうと生えてゐたが、しかし眉毛は相変らず薄かつた。さすがに不憫になつて、飯でも食はうといふと、
「将棋以外の口を利くな。」
 と呶鳴るやうに言ひ、さつさと大阪劇場の地下室の将棋倶楽部へはいつて行つた。
 そして盤の前に坐ると、楢雄は、
「俺は電話が掛つてから今日まで、毎晩寝ずに定跡の研究をしてたんやぞ、あんたとは意気込みが違ふんだ。」
 と言ひ、そしていきなり、これを見てくれ、とコンクリートの上へ下駄を脱いだ。見れば、その下駄は将棋の駒の形に削つてあり、表にはそれぞれ「角」と「竜」の駒の字が彫りつけられてゐるのだつた。修一はあつと声をのんで、暫らく楢雄の顔を見つめてゐたが、やがてこの男にはもう何を言つても無駄だと諦めながら、さア来いと駒を並べはじめた。


 奇想天外なエンディングだけれど、爽快感があります。
 まったくこれは、コメディアン・岡八郎の「さあ、かかってこんかい。オレは空手やってるんや。通信教育やけどな」というギャグと同じ感覚です。
 “あほくさ”と思うけれど、“憎めへん”のですね。

 こんな人物を愛着の目をもって描く織田作にも、興味がわいてきます。

 ということで、織田作の作品と生涯を余すところなく紹介する特別企画展「生誕100年記念 織田作之助と大大阪」は、9月25日(水)より、大阪歴史博物館で開催されます。
 ぜひ、ご覧ください! (詳しい情報は、当館ホームページで)



プロフィール

なにわ歴博

Author:なにわ歴博
大阪歴史博物館

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