スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

年末年始の休館について





 今年も、大阪歴史博物館をご愛顧いただき、ありがとうございます。

 12月28日(土)~1月4日(土)は、年末年始の休館となります。
 新年は、1月5日(日)から開館いたします。



スポンサーサイト

特集展示「近代建築の記憶」、開催中!





   P1060698_convert_20131225103018.jpg


 特集展示「近代建築の記憶」が始まりました!

 商工業で栄えた近代大阪の優れた建築について、タイル、ステインドグラスなどの部材を通して振り返る企画です。


   P1060699_convert_20131225103114.jpg


 これまで当館で収集した多数の建築部材を展示しています。
 たとえば、先般改築された大阪ビルヂング(ダイビル)のテラコッタ(外壁材の焼き物)。


   P1060701_convert_20131225103203.jpg
   旧ダイビル本館 テラコッタ
  (本館蔵、ダイビル株式会社寄贈)


 大正14年(1925)の建築。間近で見るテラコッタは、また違った印象を与えますね。


   P1060706_convert_20131225103253.jpg
   宇治電ビルディング 神像テラコッタ
  (本館蔵、関電不動産株式会社寄贈)


 こちらは、宇治電ビルディングのテラコッタ。電球などを持った神像の頭の部分です。梅田新道から東へ行った西天満にあって、よくこのレリーフを見上げましたっけ。
 宇治電は、宇治川の利水で発電した電力会社で、大阪へ送電していたのですね。宇治には、現在でも立派な煉瓦造の発電所が残っています。


 P1060708_convert_20131225103354.jpg
  展示風景

 
 これらは一例ですが、みなさんも馴染みのある建物の部材が多数展示されています。
 私にとって最も印象深い部材は、こちらでしょうか。


   P1060711_convert_20131225103440.jpg
   もと大阪市立愛日小学校 モザイクタイル
  (本館蔵、大阪市教育委員会寄贈)


 歩道から、玄関を入った床に敷かれていたタイル。細かいモザイクでした。
 私は、歴史博物館をつくる際、準備室の置かれたこの建物に数年間通っていました。そのとき、すでに学校は閉じられていて、いくつかの事務所が入居していたのです。


   P1060712_convert_20131225103523.jpg
   同上 吐水口飾(同上)


 校庭にあった水が出る口の飾り。獅子口ですね。ここで何千人という小学生が手を洗ってきたのでしょう。私が見たときは、もう水は出ていなかったけれど、よく覚えています。

 みなさんも、ぜひ想い出の建築のかけらを見に来てください!
 
 特集展示「近代建築の記憶」は、平成26年2月3日(月)まで、大阪歴史博物館 8階 特集展示室で開催中です!!



師走の椿事 !?





 寒い日が続きますね。
 いかがお過ごしですか?

 今日(12月22日)の私の個人的“!”は、ブログのランキング。
 このブログは、FC2ブログというものを利用しているのですが、FC2ブログ内でのランキングがあるのです。「なにわ歴博ブログ」は、≪学問・文化・芸術≫に属していて、さらに下位の<歴史>に登録しています。

 いつもは、<歴史>のランクを気にしていて、だいたい50位から100位の間なんですね。たまに、50位以内に入って来ます。


 ところが、今日は、なんと 3位!


 どうした !!
 理由は不明。特に昨日一昨日のアクセス数がアップしたわけでもないのに、3位とは……
 <歴史>の登録者は、763名(12月22日現在)いるので、ちょっとすごい。過去最高。
 ちなみに、昨日は51位でした。


 さらに、≪学問・文化・芸術≫のランクも、20位!
 ちなみに、昨日は509位。
 こちらの登録者は、17,374名(同)もいて、なんとも言葉を失います。

 おそらく、本ブログの手柄というわけではなく、なんらかの機械的なミス? なのでしょうか。
 師走は、いろんなことが起きるものです。



ひと足はやく、「馬」の展示






 もう師走なので、博物館の展示も新年のモードに入りつつあります。
 来年=2014年は、午歳ですね。
 そこで、常設展示室でも、ひと足はやく、馬に関する資料を展示しています。

 まずは、10階!


   10階1


 「古代の『まつり』と馬」のコーナーです。
 難波宮跡周辺などで出土した土馬を3点展示しています。


   10階2


 これは、なかなかリアルですよね、色も黒いし。
 当館とNHKの敷地にあった水利施設跡から発掘されました。馬は神さまへの捧げものであり、土馬や絵馬は本物の馬の代わりです。ということは、ここの水利施設(谷から湧き水がわいてきて、それを石溝で導水する設備)でも、何らかの祭祀が行われていたことがうかがえますね。


   10階3


 こちらは、大阪城公園内(南東隅あたり)から出土した土馬です。
 ちょっと幼い感じの造形で、かわいいですね。


 さあ、次は9階!
 ここは屏風です。


   9階1


 野馬図(やばず、個人蔵)。
 吉村周山の作品で、明和8年(1771)に描かれました。周山は大坂で活躍した絵師で、これは72歳! の作品。


   9階2


 野の馬の奔放なようすを、力強い筆致で画き切っていますね。なんか、午歳のお正月に観たい絵です。


 次は、7階!


   7階1
 

 こちらは、打って変わって郷土玩具の伏見人形です。


   7階2


 これは、いいでしょう。
 馬方三吉(うまかたさんきち)。
 歌舞伎「恋女房染分手綱」のうち「重の井子別れ」の段をモチーフに、土人形としたものです。

 関東にくだる御姫様について道中にいる乳母・重の井(しげのい)。馬を曳く大勢の馬方の中に、ひとり少年がいました。それが三吉です。人形の前掛けが「丸に三の字」になっていて、三吉と分かりますね。
 ところが、三吉は、むかし不義をした重の井が産み落とした実の子なのでした!!
 生き別れた二人が、奇跡の再会…… けれども“大人の事情”があるわけですから、喜びのご対面とはいきません。重の井は、ついに母であることを明かせず、涙の別れとなるのでした。

 そんな事情があると思えば、屈託のない少年の人形にも涙がこぼれます。彼の純真な顔は、まだ重の井を母だと悟る前の表情なのでしょうか?


   7階3


 これは、猿駒引き絵馬。
 馬を猿が曳いています。両者の大きさのアンバランス感が素朴すぎて、なごみますね。
 これらの郷土玩具は、京都の扇商である宮脇賣扇庵のご主人がコレクションされた品々です。


 いやー、馬の資料もなかなかおもしろいなぁ。
 
 ということで、最後にもうひとつ!


   9階4


 うゎー、こっちはリアル。さっきの三吉くんか?(←ちがいます)

 これは、常設展示9階にある「船場模型」にいる馬。


   9階3


 この1頭以外にもいるので、ぜひ探してみてください!




特別展「変わり兜×刀装具」、ご来場ありがとうございました






 特別展「戦国アバンギャルドとその昇華 変わり兜×刀装具」は、12月8日(日)をもちまして終了しました。
 多数のご来場、御礼申し上げます。

 次回は、新年1月15日(水)より、特別展「手塚治虫×石ノ森章太郎 マンガのちから」を開催します。
 ご期待ください!


特別展「変わり兜×刀装具」、まもなく会期末です!





 好評の特別展「戦国アバンギャルドとその昇華 変わり兜×刀装具」、会期は12月8日(日)までです。


   P1060038.jpg


 最後の土曜・日曜日は混雑が予想されます。
 
 お早めにお越しください!




植田正治のこと






 先日、当館で開催している「変わり兜×刀装具」展が、NHK「日曜美術館」のアートシーンに取り上げられた。いちおう広報担当なので、オンエアをチェックした。念ため、番組の最後まで見ていたら、次回は植田正治を特集するという。

 植田正治。

 鳥取が生んだ世界的な写真家。
 鳥取砂丘を“スタジオ”にして、構成的な人物配置によって、誰にも造れない世界を創り出した写真家。
 その植田正治の特集。

 番組の中ほど、植田と土門拳との対比について触れた部分があった。
 土門拳の「絶対非演出の絶対スナップ」というテーゼと、写真界にひろがるリアリズムの風潮に、植田が心を痛めたというものである。
 評論家の飯沢耕太郎は、「『絶対非演出の絶対スナップ』を提唱することで、写真の表現領域の幅はかなり狭められたといえる。少なくとも山陰の鳥取砂丘を舞台にして、ユニークな群像写真を撮影していた植田正治のような作家にとっては、『非演出』という足かせは相当に重かったのではないかと想像される」と述べている(『戦後写真史ノート』)。

 ほぼ同世代の植田と土門は、ともに少年を被写体とした写真を数多く撮っている。土門の少年たちは自然体だが、植田の少年はみな“カメラ目線”だと指摘される。
 この点について、ゲスト出演した写真家の荒木経惟は、客観的なことがリアリズムなのではなく、写真家が撮られる者に働き掛けることで真実が浮かび上がるのだ、という趣旨のコメントをしていた。

 戦前の「少女四態」などを例にした飯沢耕太郎の発言を引こう。

 「これらの写真は単純な『リアル・フォト』ではない。現実をストレートに撮影するのではなく、植田は明らかに人物にポーズをつけ、画面のなかに配置している。しかし、完全に絵空事の演出写真かというとそうでもない。『少女四態』では四人の少女のポーズから、それぞれの個性が浮かびあがってくる。また『茶谷老人とその娘』では、二人の人物の間の空間に老人と娘の心理的距離が象徴的に表現されている。
 (中略)
 この時期に植田が見出そうとしていたのは、いわばリアリズムを超えた演出写真とでもいうべきものであった。つまり演出によって、人物たちの存在の原型ともいえる本質的な姿が浮かびあがってくるのである」(『日本写真史を歩く』)

 「リアリズムを超えた」リアルの追究。
 確かに、植田正治の写真にはそう思わせるところがある。

 なにか児戯のように滑稽なのだが、それを通り越した向うに不可視な何かが潜んでいる。それは、際限なく続く砂丘のように、私たちを誘っていく…

 最後に、なんで植田正治があのような写真を撮れた(撮った)のか、という問いについて、本人もよく分からなかった(「そげになってしまうんじゃ」みたいに言っていたらしい)という話が紹介されていた。本当に、狙った演出ではなくて、天性の演出だったらしい。

 懸案にしていた、鳥取の植田正治写真美術館に行く、という課題をいよいよ今回解決しようかと思ったら、12月1日から2月末まで「冬季休館」なのだという。

 植田正治への道は、まだ遠い。 



今回の見学会は…






 毎年度、見学会はだいたい秋にやってきました。秋にやるとすると、夏場に下見する必要があるのですが、今年は何となく忙しかったせいか夏に下見できず、結局いまごろに! もう師走!!


   京都御所


 そのおかげで、紅葉は真っ盛りの見頃でしたが、見学会本番は3月なんですよね…(すみません)。

 さて、今回行ったのは!


   京都御所


 ここ !!

 みなさん、だいたいわかりますよね。この雰囲気。

 そう、京都御所です。まあ、正しくいうと「京都御苑」なのでしょうけれど、通称の「御所」でいきましょう。

 上の模型の写真は、北西から南東を向いて撮っています。
 今回の見学会は、南の方から北の方へ向かって、御所の西半分を見て回る、というプランです。
 意外に、御所を細かく歩くなんて機会はないですよね。珍しいスポットもあります。


   京都御所


 しゃれた石橋が架かった綺麗な池があったりするんですね。この池は、江戸時代の名残りのよう。

 実は、江戸時代の御所周辺は、主に公家屋敷が立ち並んでいました。その痕跡はわずかで、今は全く違う風景に!


   京都御所


 そう、こんな感じですよね。
 それにしても、青空と白砂のコントラストがすごいですね。

 でも、歴史的にみると、このようなスッキリした公園的風景は、ここ130年くらいのもの、つまり明治天皇が東京に行った後の景観です。今回は、“こうじゃなかった御所周辺”をイメージして歩く企画です。
 
 もちろん、そこでイメージする近世の御所だって、そんなに古いものではない。ということで、さらにさかのぼって平安京の頃の御所、というか大内裏ですね、それについても考えようという趣旨で、もう1コース設定しています。その下見は次回です。

 日程等の告知は、年明けになると思います。
 ときどき大阪歴史博物館ホームページをチェックしてみてください。



プロフィール

なにわ歴博

Author:なにわ歴博
大阪歴史博物館

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。