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大阪城公園のナゾの小山?






 いよいよゴールデンウィークですね。

 大阪においでになる方もおられることでしょう。大阪の観光地で絶対にはずせないのは、大阪城天守閣! 私の職場、大阪歴史博物館から見えています。

 最近、仕事でよく天守閣に行くので、行き帰りに写真をパチパチ撮っています。
 今日は連休中に来られる方へ、意外なスポットをご紹介!


  大阪城公園2


 天守閣の右手は小山のようになっています。この丘、なんだかわかりますか?


  大阪城公園3


 近寄ると、木の植えられた単なる丘のように見えます。
 少し、ヒント画像を出しますと…


  大阪城公園1


 どうでしょうか?
 水飲み場? 水に関係あるのか…


 おわかりになりましたか。

 答えは、上水道の配水池です。

 大阪市の上水道は、明治28年(1895)に出来ました。当時は、桜宮(JR環状線の桜ノ宮駅付近)の淀川(大川)から取水していました。取水された水は、一旦この配水池にポンプアップされ、そこから高低差を利用して市内に送られたのです。
 歴史博物館のある場所は、上町台地といって市内でも高いところ。標高20mほどあります。大阪城の本丸はそれ以上の高さで、市内で最も高い土地でした。そこから自然流下という方法で流していたのですね。

 配水池は、60m×30m(深さ7m)の池が3つあり、約35,000立方メートル貯水できます。外見はただの丘ですが、内部には貯水池があったわけです。

 城内は、明治時代には陸軍が使用していましたので、この場所に配水池を造るのにも軍の許諾が必要です。大阪市では、明治25年(1892)に第四師団司令部と契約書を交わして、ここを使わせてもらうことになったのです。

 ところで、大手前にこんな建物があります。


  大阪城公園4


 売店の裏手にあって、あまり目につかない建物。


  大阪城公園5


 「高地区配水喞筒場」と書かれています。「喞筒(しょくとう、そくとう)」はポンプのこと。ポンプ場の建物でした。
 このポンプで、本丸の配水池に水を上げているのですね。
 ただし、これは明治のものではなくて、昭和6年(1931)に造られたものです。設計は、大阪の商業建築の名手・宗兵蔵(そう・ひょうぞう)。ちょっとゴチックスタイルの入ったカッコいい近代建築です。
 
 ちなみに、大正時代に柴島(くにじま)浄水場(東淀川区)が整備され、桜宮水源地は廃止されました。

 あまり知られていない地味な史跡ですが、一度ご覧になってみてください。


※大阪歴史博物館(常設展示)と大阪城天守閣のセット入場券も、好評発売中!

大人1200円が→900円に!





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