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大渋滞で考えた






 昨日4月29日は、広島に行くつもりで、早朝からクルマで出掛けました。
 しかし… 高速道路に乗ったら、ふだん30分で行けるところが3時間半も掛かり、さらに2時間走ってもまだ兵庫県内と分かって、広島行を断念し下道を引き返しました…
 
 昨年も、同じ日に広島へ行ったのですが、こんなに混んではいなかった。今年は休日の並びがよいので集中したのでしょうか。周りを見ると、水戸ナンバーとか湘南ナンバーとか、東日本から走ってきたクルマが多い。
 それにしても、朝6時台でこれほど混むのもマズイ。9時頃には、38kmの渋滞だったように思います。

 いつものことですが、連休や盆、正月など、高速道路は渋滞、列車は満杯、行楽地は行列と、日本国内どこも人、人、人。この集中、なんとかならないものか。

 こんなとき、私が思い出すのが、『豊かさとは何か』(岩波新書)という書物のタイトル。1989年に暉峻淑子さんが書かれた本です。暉峻さんも言われるように、日本人は働きすぎ。真の豊かさを得るためのひとつの条件に、労働時間の短縮を指摘されています。この本が刊行されたのは、もう22年も前のこと。まだバブルが弾ける前ですね。でも、20年以上たっても、状況は改善するどころか悪くなっているように思えて仕方がないのです。

 よくない傾向だと思うことの1つは、モノの値段が年々安くなってきていること。消費者としては有り難いかも知れないけれど、作っている・売っている立場からすると、それを実現するために血のにじむような努力をしないといけない。つまり、労働者にものすごいプレシャーがかかってくる。働き方にも圧力がかかるし、雇用も不安定になる。
 いまひとつ思うのは、社会がギスギスしてきて他人に厳しくなったこと。特に、モノを買う側・サービスを受ける側に立つ人が、厳しいクレームを出すことが多い。ある本に、次のような体験が紹介されています。

 私は鉄道会社に入社し駅員となりましたが、過剰な要求をしてくる乗客と、その状況に何も対処をしない上司との板ばさみにあって、うつ病となり自殺未遂をしました。会社に行けなくなったきっかけは、駅で勤務しているときに自動改札を猛スピードで入り、ゲートが開かなくなった中年の女性から、改札口が開かなかったのはきちんと整備をしていないあんたの勤務怠慢だ、あんたなんか駅にいても仕方がない、あんたの親はどんな育て方をしてきたの、謝罪しなさいよと、ものすごい剣幕で怒鳴られたこと。それに対し反論しようとしても、上司からは何をやっている、お客様にすぐ謝罪しろと土下座を要求されたことが原因でした(34歳男性)。(望月昭ほか『自殺者三万人を救え!』NHK出版、2011)

 ひどい話です。でも、程度の差こそあれ、どこででも起き得るケースでしょう。怒鳴り散らす乗客もひどいけれど、男性を切り離す上司はもっとひどい。なにより、孤立化することほど、人が生きていくうえでしんどいことはないからです。

 私たちの働き方は、<豊か>になるどころか、どんどん貧しくなっているように思います。それは、社会が<豊かさとは何か>を問う力が弱いからなのでしょう。近年さかんに唱えられているワークライフバランスも、ともすれば技術論に終わりかねない。何をめざして働くのか、何のために生きるのか、という大切なことが、私たちの間でなおざりにされているのではないでしょうか。

 明日もまた、高速道路は大渋滞でしょう。でも、そこでしか遠出できないから仕方がない。
 いったい私たちが乗るクルマは、どこに進んでいくのでしょうか。





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