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博物館の<大衆化>






   日経と小林一三 紙面は、日本経済新聞(朝刊)2011年6月9日付


 今朝(2011年6月9日)の日本経済新聞に、J.フロントリテイリングの奥田務会長のインタビューが掲載されていた(「トップに聞く 収益見通し」)。

 J.フロントは、デパートの大丸と松坂屋を運営している。東京・銀座の松坂屋の動向や、大阪・梅田の大丸増床など話題に事欠かない。

 その奥田会長の話で、んっ!と目が留まったのが、<大衆化>という言葉。
 氏曰く、「高額品中心の従来の百貨店モデルに固執せず、一般消費者が気軽に足を運べる『大衆化』を進める」と。これは、大丸へのユニクロ、東急ハンズの出店や「ポケモン」ショップの導入、若年女性向け「うふふガールズ」の展開などで具体化しているもの。
 聞き手の山崎良兵記者の視点にも、「大衆に支持されないと百貨店は生き残れない--。奥田会長が推し進める「大衆化」戦略の背景には、そんな強い危機感がある」とまとめられている。百貨店の大衆化は、奥田氏の最近の持論ですね。

 それをみて、私がすぐに思い出したのが、小林一三。ご存知の通り、戦前から阪急電鉄や阪急百貨店を興し、東京にも進出した阪急・東宝グループの総帥である。彼の持論が<大衆本位>だった。
 「私の経営法」に、こう記している(小林一三『私の行き方』斗南書院、1935年)。

 兎に角そんな人生を通つて実業界に入つて来たから大衆の気持、大衆の動向といふものに非常に興味があるし、又よく判る、だから何時でも大衆に接する仕事、電車の乗客に対してはどうすべきものか、百貨店のお客様はこれこれである、芝居をやればどうしたら客が来るかといふやうなことを年中考へてゐる、詰り私といふ人間は客商売に非常な興味を持つてゐる。

 小林は、自分がやっている電鉄も百貨店も劇場も「大衆本位の仕事」だが、これほど危険のない商売はないという。つまり、大当たりもせず利は薄いが、合理的経営をすれば堅実に成長する、という考え方なのである。

 ところで、小林一三のいう<大衆>とは、いったい誰なのか?
 このことを的確に述べたのが、鹿島茂氏である。鹿島氏は、「「大衆」をつかんだ実業家」(「東京人」1998年5月号)で、次のように指摘する。

 (前略)小林がすべての面でターゲットとして設定した「清く、正しく、美しい」大衆、すなわち、学歴はあるがインテリではなく、下品なものを嫌うが芸術至上主義にはならない大衆、ようするに、阪急沿線の健康的な住宅地に住み、阪急デパートで買い物をして、宝塚の公演を見に行くようなアッパーな大衆(後略)

 さらに言い換えれば、「郊外の住宅に住もうという上昇志向を持つ人々」であり、具体的には「官吏、弁護士、医者、銀行員、商社員など、資産はないが学歴はある新しいホワイトカラー階級」なのだった。

 これは昭和初期の話。
 小林は、自らが創り出した<大衆>という存在に、さまざまな事業を提供し、成功を収めた。郊外住宅、少女歌劇、ターミナル型百貨店…、いずれもうまくいった。
 ただ、鹿島氏は、プロ野球の経営だけは駄目だった、という。この「アッパーな大衆」は野球には興味を示さず、阪急ブレーブスのファンにはなってくれなかった、と。

 ひとことで<大衆>というのは容易だが、その内実を捉えるのは難しく、<事業>と<大衆>をマッチングさせるのは至難の業である。
 奥田氏も、別のところで「大衆という言葉ではひとくくりにできない新しい形の大衆が存在している。所得、年齢、ライフスタイル、価値観でいくつもに分類される」と述べている。この「ひとくくりにできない」大衆。それをつかむことに腐心するのだが…

 とすれば。バラバラになった大衆とは、いわゆる<少衆>というものなのか?
 すでに昭和59年(1984)に、電通のプロデューサー・藤岡和賀夫氏は『さよなら、大衆。』(PHP研究所)を著して、感性でつながりあう<少衆化時代>の到来を告げている。もう、30年近く前から、<大衆>はいなくなりつつあったはず。でも、いま<大衆化>なのは、なぜなのか。

 小林一三の文脈でいえば、小林は「合理主義経営の戦略」者で、それが大衆本位、家庭本位の「薄利多売」商法につながった(津金澤聰廣『宝塚戦略』)。コストダウンと廉売が小林の取った途だった。これは、不思議と最近のデパートの経営戦略と類似性を感じさせる(デパート以外でも類似するが)。
 とすれば、<大衆>とは、数の多い<マス>ということなのか。個々の利は薄いが、量的に多くなれば「薄利多売」でやっていけるということなのか。

 そう考えるうち、<博物館の大衆化>という言葉に出会った。
 18年前の平成5年(1993)に刊行された伊藤寿朗『市民のなかの博物館』(吉川弘文館)。この第Ⅱ部に「博物館の大衆化」という項があるのだが…

  (この項、つづく)






 
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