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展示替、ビフォーアフター






 昨日は火曜日だったので、常設展示(7階・近現代フロア、都市の構造コーナー)の展示替をしてみました。
 この写真は、展示替前の姿。
 明治時代の大阪・千日前の興行プロデューサー、奥田弁次郎の資料でした。

 
展示替1


  そして、これが展示替後の姿。
 同僚のI学芸員が並べてくれました。
 大阪市内の「学区」(いわゆる「聯合」)の資料と、昭和初期の大阪城天守閣の復興にかかわる資料です。



展示替2


 がらっと雰囲気が変わりましたね。
 
 なかでも注目は、大阪城天守閣の復興にかかわる資料。
 現在の天守閣は、昭和6年(1931)に竣工した鉄筋コンクリート造の復元天守です。
 今年で80周年を迎えます。


展示替4


 これは、竣工記念に配られた扇。
 大阪城天守閣の建設資金は、一般市民の寄付によってまかなわれました。約7万8000にのぼる寄付者に御礼として配られたのが、この扇です。
 絵は、大阪画壇の画家、北野恒富(つねとみ、1880~1947)。
 黒田屏風に描かれた往時の天守閣のイメージをよく捉えています。

 天守閣の復興プロセスは、以下をどうぞ。 

 上記の展示に加え、天守閣と第四師団司令部のミニ写真展示も行っています。
 展示も、ぜひご覧ください!
 


 【大阪城天守閣の復興と第四師団司令部の建設】

 昭和6年(1931)、大阪城内に復興された天守閣と、陸軍の第四師団司令部庁舎が完成した。大阪城には、寛文5年(1665)の落雷炎上以来、長らく天守閣がなかったが、市民から寄付を集めて復興天守が建設された。寄付金150万円のうち、過半の80万円は師団司令部庁舎の建設に充てられた。天守閣の建設費は約47万円で、他は公園整備に用いられた。
 戦後、師団司令部の建物は、大阪市警視庁、大阪府警察本部の庁舎として使用された後、昭和35年(1960)12月1日、大阪市立博物館として再生された。その歩みは、現在の大阪歴史博物館に引き継がれ、満50歳を迎えた。
 平成23年(2011)11月7日に、大阪城天守閣は復興80年を迎え、その4日前の11月3日には大阪歴史博物館が開館10周年となる。




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