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遠くの火を見る






 今日は昼間忙しかったので、夜少し残って図録の原稿を書いていました。

 何の図録?

 この10月15日(土)から始まる特別展「心斎橋 きもの モダン -煌めきの大大阪時代-」の図録原稿です。


   心斎橋きものモダン


 この暑さからは容易に信じられないのですが、秋はもうすぐ。10月半ばの展覧会までは、あと2か月しかありません。
 いま図録を書いているというのも、少し遅めかも。
 秋の展覧会も冬の展覧会も、夏に佳境を迎えているのです。

 切りを付けて博物館を出ると、ちょうど8時でした。
 ふと、大文字が見えるかなぁ、と思ったのです。
 さすがに大阪から京都五山の送り火が見えるわけもないのですが、その代わりに、なぜだか少し前に聞いた遠くの火を見た話を思い出したのでした。

 昨年の夏だったか。会合までに時間があったので、京都の東山をぶらっと歩いていました。祇園のお茶屋街を抜けると、ある神社の境内に入りました。気が向いて、絵馬堂-といっても展示館になっている-に入ったのです。

 ひと通り見終わった後、そこの番をしている奥さんと話しました。なぜそういう話題になったのか、よく覚えていません。そんな絵が掛かっていたのかも知れません。私は奥さんから京都駅が燃えた話を聞いたのです。

 奥さんがこの神社に嫁入りしたての頃、ある秋の日に京都駅が火事で焼けたのだそうです。
 それが神社から見えたという。
 そこは八坂神社の近くで、今では京都駅を望むべくもないのですが、その日は赤々とした火が見えたという。

 私は半信半疑で、駅が焼けた話を聞いたのでした。

 話の後、別棟の社務所に飾ってあるガラス作家チフーリの作品を見せてもらいました。見るうちに、いつか神戸市立博物館でこの作家の展覧会があったことを思い出しました。すると奥さんは、その図録も見せてくれるのです。作品を設置するときに、チフーリ自身も来たといいます。
 この作品を見るのも本当は有料なのだけれど、ただで見せてもらいました。そして時間が来たので、丁寧に礼を言って、また暑い京都の町を歩いたのでした。

 あとで調べてみると、京都駅は昭和25年(1950)に焼失していました。大阪で綿業会館や大ビルを手掛けた渡辺節が、大正の頃、若き鉄道省時代に設計した駅だったそうです。
 焼けたのは、ちょうど60年前。年配の奥さんが嫁入りした頃と合致するようにも思えます。

 お盆だからか大文字の日だからか、去年の話を思い出しました。奥さんは、今頃はきっと大文字を眺めておられることでしょう。
 






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