スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

岡本一平、富田屋・八千代に会う






 年末にしそこなった部屋の片づけを、年明けからコツコツやってきた。2月になって、ようやく“足の踏み場”くらいはできただろうか。

 山積みになった古本をぺラぺラめくっていると、目についた話題は、富田屋・八千代。大阪・南地の芸妓である。



一平全集


 それは、『一平全集』第9巻(先進社、1929年)に出てきた。一平は、漫画家・岡本一平。岡本太郎の父である。
 新聞に今ほど写真が活用される以前、漫画によるルポが盛んに行われていた。各新聞社には“お抱え漫画家”がいたが、一平は大正初年より東京朝日新聞で漫画を描いていた。探訪漫画や人物の戯画を得意とした。

 大正4年(1915)、たぶん2月のころ、岡本一平は大阪にやってきた。いま一番の名妓は誰かと聞くと、「あんた知らんか、八千代やがな」と鼻で笑われる。
 売れっ子の八千代は多忙であり、その方面に通じた△△博士に紹介状を書いてもらい、「俄大尽(にわかだいじん)」となって、なんとか富田屋に通された。
 もちろん、いきなり八千代に会えるわけもない。加えて、芸妓たちは「俄大尽」の相手をするのでもなく、延々と自分たちの会話にふけるのであった。

 「あんたの髷(まげ)、よう出来てまんなァ」
 「ををけに」

 「こんどの成駒屋はんええなァ、いきゃはったか」
 「いけへん」

 「箕面はどないやった」
 「しんどうて、しんどうて、かなわん」

 すでに5時間が経過し、夜の10時。さらに、わけのわからない身投げ話まで聞かされる始末。
 そうこうするうち、ついにその時が来る。

 「…一座の群妓、忽ち顧(ふりかえ)つて『早うおまったなァ』と一斉に叩頭(おじぎ)して見れば、襖の蔭より本ものの富田屋八千代が出現仕(ましまし)つつある」

 「名妓は、やをらわれ等に接近し始め経つる事、畳三十目にして坐った。して『おおけに』と挨拶したその声!」



一平えがく八千代


 八千代の風貌は、売れに売れていた絵葉書の写真によって、誰もが知るところだった。一平のいた東京でも、名妓として知れ渡っていた。
 一平は、こう思う。

 「画ハガキに依って期待せし八千代氏の音声(こわいろ)は、彼女の豊麗より推し、彼女の華奢より察して、少なくとも嬌音艶(なまめ)かしくも、亦(また)玉を転ばす如くあらねばならなかった」

 想像していた玉を転がすような美声…

 「然(しか)るに、畳二、三十目隔てて聴く彼女の第一声『おおけに』を聞くと、頗(すこぶ)る塩辛声である。左様さ、競売(せりうり)やが風邪を引いて引籠って居る徒然(つれづれ)に、浪花節を唸ってる時の声である」

 実際の八千代の声は、ひどい“しおから声”であった…

 これは一平だけの感想ではなく、当時、八千代の声はよくないというのが、もっぱらの評判だった。おまけに、鼻が大きい。一平だったか他の漫画家だったか、八千代の鼻をやけに誇張した似顔絵があった。
 一平は、のちに「富田屋八千代の結婚」という漫画で、八千代を妻にもらった画家・菅楯彦の美人画は、ことごとく鼻の大きな女性になるだろう、と書いたほどだ。
 加えて、背も高くない。なぜ人気があるのか。

 一平は、彼女の才女らしい能弁や、客や朋輩に対する気遣いを感じ取る。そして、絵の素養。
 絵筆をとると、南画のような線を描き始めた。それは唐の人のように見える。
 八千代いわく、

 『李白だっせ-後に瀑を描くのんと酒瓶を描くのんと知ってまんね、-ほたら、どっちにしまほ?」

 しかし一平らは、滝でもカメでもなく、「八千代」という落款を入れてもらった。
 これが、その絵。



八千代えがく李白


 絵をもらって、一平らは富田屋を辞した。
 この夜の出来事は、大正4年(1915)3月9日から20日にかけて、東京朝日新聞に連載された(「富田屋八千代を観るの記」)。
 なんとはなく、大正時代の南地の花街の雰囲気が感じ取れるルポである。

 ちなみに、岡本一平は明治19年(1886)生まれ、八千代は明治20年(1887)生まれで、1歳違いだった。

 八千代の声が、塩辛声という件だが、劇作家の食満南北(けまなんぼく)が言うように、浄瑠璃も漫才もニワカも落語も、大阪の声はすべて“にごり”に特色があるのである。
 いまでも、文楽を聴きにいくと、澄んだ声が必ずしも美しくなく、にごっていても味がある、ということがある。八千代も、人間的に味があったから、声がにごっていても、いっそう味わい深く感じられたのだろう。



 岡本一平の漫画は、たとえば、清水勲編『岡本一平漫画漫文集』(岩波文庫)などで手軽に見ることができる。また、『一平全集』も古書で安価に求めることができる。



スポンサーサイト

tag : /岡本一平、富田屋・八千代に会う

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
プロフィール

なにわ歴博

Author:なにわ歴博
大阪歴史博物館

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。