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地蔵盆です






 この週末、関西では<地蔵盆>を行う地域も多いと思います。こどものお祭りですね。

 私の住む地区も、今日、地蔵盆でした。
 数年前までは、土曜・日曜と二日間やっていたのですが、最近は日曜だけになりました。

 朝7時から、テントを立てる仕事。
 今日は、明け方から雨で、7時半頃には土砂降りになり、10人ほどがずぶ濡れになって準備をしました。

 仕事の関係で、準備に出る年も出られない年もありますが、お地蔵さんを囲んでの地区の仕事です。


   地蔵盆


 こどもの頃、地蔵盆は楽しみな行事のひとつでした。私の実家は近郊農村にあり、地区には木造の会所がありました。広い板の間があって、大勢のこどもが集まって、遊びをしたり、お菓子をもらったり。数珠回しもしました。車座に床に座ったこども達が、大きな数珠を送っていきます。今はもう余りやらないのかも知れませんね。

 「地蔵」というより、私たちの言葉では「お地蔵さん」なのですが、その縁日は24日で、旧暦7月23日、24日、関西を中心に地蔵盆が行われます。
 近世には、すでに行われており、滝沢馬琴「羇旅漫録」に、次のようにあります(同75)。

 
 七月廿二日より廿四日にいたり、京の町々地蔵祭あり。一町一組家主年寄の家に幕を張り、地蔵菩薩を安置し、いろいろの備へ物をかざり、前には灯明提灯を出し、家の前には手すりをつけ、仏像の前に通夜して酒もりあそべり。[活花、花扇かけ、その外器物をあつめて種々の品をつくり、家毎に飾りをく町もあり](中略)伏見辺・大坂にいたりて、またこれにおなじ。


 享和2年(1802)、上方を訪れた滝沢馬琴が見た京都の地蔵盆です。伏見や大坂でも、同様であると記されています。
 22日から24日にかけて、提灯なども出しながら<通夜して酒盛りあそべり>というのですから、昔から夜を通しての行事、それも大人も楽しんだのでしょうね。

 後半の [ ]内(割注)に、「器物をあつめて種々の品をつくり」飾る町もある、とありますが、大坂でも江戸後期には<造りもの>を飾ることがありました。

 この習俗をみると、いま私たちが行っている地蔵盆と、かなり直接的につながっているように感じられます。
 ただ、私の地区では、お昼に配る食事は“マクドナルド”になっているのですが(笑)






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