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お彼岸の四天王寺と「麗子」






 木曜日は休みでしたが、博物館に用事があったので少し顔を出しました。
 そのあと、ぶらっと歩いて大阪市立美術館へ。でも、時間があったので、途中、四天王寺へ寄ってみました。


   四天王寺
     四天王寺西門


 大阪の人たちが「天王寺さん」と呼んで、信心している四天王寺。お彼岸だったので、多くの善男善女でにぎわっていました。

 このお寺には、当然よく訪れるわけですが、お彼岸に立ち寄ったのは初めてです。
 こちらの回向の仕方は特徴的なもので、経木流しという形を取っています。

 先祖などを供養する人は、まず回向券を求め、それと引き換えに経木を受け取ります。経木は、塔婆になる薄い板です。
 そこに先祖などの戒名を書いてもらいます。読経して経木を供養してもらったあと、境内の亀井堂へ持っていき、水に流してもらうのです。亀の井に薄い経木が浮かぶのですが、経木が重ならないように1枚1枚きっちりと文字が見えるように並べていくところが独特で、ありがたいことのようです。
 実に多くの経木が流されるのを見るにつけ、ここには篤い信仰が生きていることを思い、胸が熱くなります。

 大阪生まれの同僚に聞くと、こどもの頃は、お彼岸には四天王寺に行ったり一心寺に行ったりしたといいます。

 
   四天王寺


 戦後復興した五重塔。最も上層まで昇ることが出来ました。螺旋階段を上がっていくと、読経の声が… 老夫婦が座って先祖の菩提を弔われているのでした。ここには、無数の五重塔の姿をした位牌が並んでいます。階段を昇りながら、得も言われぬ心持ちになるのでした。

 参拝後、人の流れに流されながら、天王寺公園へ。
 こちらでは、大阪市立美術館にて、特別展「生誕120周年記念 岸田劉生展」が開催中です。
 “麗子、いっぱい。”のキャッチコピーでご存知の方も多いでしょう。


   岸田劉生展


 私は、「切通之写生」と呼ばれる「道路と土手と塀」が好きなのですが、今回は麗子像を数多く見ました。麗子は大正3年(1914)生れで、劉生はその5、6歳の頃から盛んに肖像を描き始めます。驚いたのは、画中に麗子が2人いる「二人麗子」のような常軌を逸したとも思える作品。劉生は後に日本趣味、東洋趣味に傾きますが、これは寒山拾得などの影響でしょうか。事実「寒山風麗子像」も描いています。
 多くの麗子像のなかで私が好ましかったのは、「麗子坐像」(1919年)でしょうか。麗子の引き締まった表情と、着物の細密かつ鮮やかな描写が素晴らしい。

 肖像画、風景画、静物画から南画まで、短い人生を多彩に生きた劉生の画業を約240点(展示替あり)で通覧できる得難い展観です。やはり写真版とは異なり、実際の絵を間近に見る経験は貴重です。劉生の肌理細かな細部描写は、写真版では分かりません。重要文化財の「麗子像」の着衣の部分や、「道路と土手と塀」の塀と石垣の部分など、実に繊細なものです。

 「麗子、いっぱい。」というコピーは、おふざけみたいに聞こえますが、実際に一杯麗子像を見ると、おそらく誰もが、それを描いてしまった劉生の内面に思いを致さないわけにはゆかないでしょう。多様な麗子像が一杯あることを受け止めることが、劉生理解へのスタートとなるように思われます。

 「岸田劉生展」は、大阪市立美術館で11月23日(水・祝)まで開催中です。




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