スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鹿児島の文化財を見る ~「異人館」と泉布観は酷似?! ~






 鹿児島出張中です。
 仕事の合間に、黎明館の方が鹿児島市内の史跡に案内してくださいました。

 まず、尚古集成館にうかがいました。仙巌園のある磯にあります。
 学芸員の方に、常設展示と特別展示「薩摩とイギリス~海が結んだ絆~」をご案内いただきました。
 柳田龍雪が描く薩英戦争絵巻など、迫力があります。薩摩とイギリスは、このあと逆に協力関係に移行するのですね。

 さらに、道路の向かいにある「異人館」(旧鹿児島紡績所技師館、重要文化財)に行きました。
 こちらは、以前から外観は何度も見ているのですが、休館だったり修理中だったりで、一度も内部を見学する機会がなかったのでした。初めて願いがかない館内へ。


   鹿児島


 磯地区は薩摩藩の工場地域ですが、そのなかに鹿児島紡績所が造られました。異人館は、紡績所に招いたイギリス人技師の宿舎として、慶応3年(1867)に建築されました。

 私が最も驚いたのは、その内部空間が大阪の泉布観に酷似しているということです。
 泉布観は、造幣寮の応接所として明治4年(1871)に完成した洋風建築です(設計はウォートルス)。
 両者は、外観は似ていないのですが、中央を通る廊下が、その幅まで同様な雰囲気で、部屋の構成やスケールも似ており、幅広のドアも瓜二つ。外周のベランダもよく似ている。
 その空間に立った印象として、泉布観にいるかのような錯覚を感じます。
 泉布観には暖炉があり、異人館には今はありませんが、当初の写真を見ると屋根に煙突が出ていますから暖炉があったことが分かります。

 どちらも英国系統の建物、コロニアルスタイルですから、内部空間の設計も一定の雛形があったのかも知れませんね。
 この問題は、大阪に帰って誰かに教えてもらいたいと思います。

 そのあと、旧島津氏玉里邸庭園(国指定名勝)を拝見しました。最近、整備が済んで公開されています。
 天保年間に造営された島津氏の別邸で、島津久光が晩年を過ごしたところでもあります。かつては、広大な敷地(いま女子高になっている)に、邸宅と庭園が広がっていました。邸宅部分は太平洋戦争でほとんど焼失し、いまは上御庭(うえおにわ)と下御庭(したおにわ)、茶室、黒門、長屋門などが残されています。
 

   鹿児島


 公開は下御庭のみで、写真の奥に茶室が見えています。
 池を中心とした回遊式の庭園です。上御庭と下御庭は、文字通り高低差があり、上御庭から下御庭に水が流れてくるようです。
 磯から運んだ巨石は、後楽園の石組みに想を得て作ったのでは、という話も聞きました。

 この玉里邸庭園も、今後多くの観覧者を集めることでしょう。   

 ご案内いただいた学芸員のみなさん、ありがとうございました!





スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

なにわ歴博

Author:なにわ歴博
大阪歴史博物館

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。