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初登場から普及するまで -カップめん・コンビニからみる-






 文芸評論家の川本三郎氏が、1971、72年を舞台とする自作「マイ・バッグ・ページ」の映画化に関して、次のようなことを述べていた。


 [映画の内容には口出ししなかったが] ただ、脚本を読ませてもらった時に、大仰にいえば時代考証のようなものは少しした。
 たとえば、妻夫木聡さんが演じる記者が新聞社のなかでカップめんを食べると書かれている。
 この簡便食が売り出されたのは71年だがその時点ではまださほど普及していなかったと思う。少なくとも新聞社のなかで食べたことはない。こういうところは訂正してもらった。 (「『っす言葉』と『お疲れさま』と」日本経済新聞 2011年10月16日付)


 1971年(昭和46年)に発売されたカップめんとは、カップヌードルを指している。
 映画化に際して、山下敦弘監督や脚本の向井康介さんは、自分たちが生まれる5年ほど前のことを資料をみて再現していったのだろうか。
 1971年といえば、万博の次の年。私は小学生だったが、その頃、やはりカップヌードルを食べた覚えはない。

 似たようなことは、コンビニエンスストアにもいえる。
 コンビニエンスストアが日本でいつ始まったのか、この解釈は分かれるようだが、やはり1970年(昭和45年)前後、あるいは70年代前半という。コンビニの代表格とされるセブン・イレブンの開店は、1974年(昭和49年)である。関西で幅広く出店しているローソンの第1号店は、1975年にできたそうだ(豊中市の桜塚店)。

 この年表的知識をもってすると、1970年代後半にはコンビニは日常生活によく見られる光景だったと思えてくる。
 しかし、私の経験からは、そういうことは全くなかった。

 1980年代に高校・大学時代を過ごした私は、コンビニに行った記憶はない。たとえば、部活の帰りに買い食いに行く店といえば、町のパン屋さんだった。
 高校の帰りによく立ち寄ったのは、住宅街のなかにポツンとあった「M」というパン屋さんで、年配のご夫婦が経営していた。パンやアイスクリームを売っていて、私たちはその店でいつもアイスを買って、店の前で食べていたのだ。
 大学に入っても(京都市内だったが)、大学の周辺にコンビニはなかった。買物や食べ物は、だいたい大学生協のお世話になっていた。
 そういえば、あの頃、そろそろ牛丼店ができはじめ、大学の近くに「N」というチェーン店ができたと思う(ただし、私は行かなかったが)。
 下宿していた友人のところによく行ったが、買い出しは近所のパン屋さんや酒屋さんなどの個人商店だった。
 
 いずれにせよ、日本におけるコンビニは、誕生から10年ではほとんど普及していなかったといえる(少なくとも私の経験上は)。

 歴史の研究を行うとき、このような年表的知識によって物事を判断しがちだが、より慎重に判断しないといけない。

 最後に、川本氏の同じ文章から引用して締めくくっておこう。


 この時、彼[妻夫木聡が演じる記者]が飲んでいるビールの銘柄が珍しい。サッポロのラガー。ラガーといえばキリンだが、彼が飲むのはサッポロ。ラベルに赤い星が見えるのでそれと分かる。北海道ではよく見るが東京ではまず見ない。
 なぜサッポロのラガーにしたのか。妻夫木さんの、あるいは山下監督のお気に入りのビールなのだろうか。 (同前)






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