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山岸常人『塔と仏堂の旅』






 最近、なぜか神社仏閣を訪ねることが多い。また、年齢のせいか?、若いころに比べて、<信仰>というものに理解が増してきたような気がする。

 いま読んでいる本が、山岸常人氏の『塔と仏堂の旅 寺院建築から歴史を読む』(朝日選書、2005年)だ。
 私自身、ここ数年、若い学生たちと<建物と人>という課題について考えている。これは、(歴史的な)建物は作り手の側からみるだけではなく、使う側からもみなければならない、という関心に基づいている。
 私は建築史が専門ではないので、これについて詳しく論じたことはないが、日ごろ頭の片隅にあり続ける課題である。


   塔と仏堂の旅


 そんななか、山岸氏の著作を知り、さっそく読み始めた。これが面白い。
 たとえば、仏堂(いわゆるお寺の「お堂」)について取り上げ、個々の仏堂がどう造られ変化していくのか、また古代・中世・近世と時代によってどう変遷するのか、丁寧に論じている。
 まず出てくるのが、唐招提寺。いきなり、8世紀末の伽藍の想像復元図が出てくる。
 いまも残る金堂と、その前に当時あった中門とをつなぐ「ロ」の字型の回廊が描かれている。
 現在は南大門と金堂の間は広い空間になっているのだが、かつてそこは回廊に囲まれた閉鎖空間(中庭)だったのだ。そして、そこで各種の法会が行われていた。金堂の正面は1間の吹き放しとなっていたが、それも法会を行う空間とみなせるという。
 なんだか、門外漢からすると、驚かされる。

 また、礼堂(外陣)・内陣・後戸からなる「中世仏堂」について、当麻寺の曼荼羅堂(本堂)を例に説明する。
 私のような素人は、外陣は参拝者のスペース、内陣は僧侶が儀式をするスペースなどと、簡単に理解していた。でも、そう単純ではないらしい。中世になって、寺院組織が複雑化し、僧侶の階層分化が起こると、スペースの使い方も複雑化するという。

 近世の仏堂については、浄土真宗の照蓮寺(岐阜県)を事例に解説されている。
 さらに、塔の話など、論は進んでいくのだが、私を驚かせる指摘に満ちていて書き切れない。知りたかった<建物と人>との関係を寺院建築に即して教えてくれるタイムリーな本。
 専門的な研究だが、図解をまじえて易しく説かれている。知的な愉しさにあふれた書物である。

 そんな山岸氏も講演されるシンポジウム「中世『山の寺』研究の最前線」が、12月17日(土)、18日(日)に、大阪歴史博物館で開催される。
 全国から専門家が集まり、17本もの報告がある。 

 詳しくは、大阪歴史博物館ホームページで! 



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