スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

年の瀬に思う






 この前、何気なく、ある記者会見の模様がテレビニュースで放送されているのを見ていました。
 そのニュースに、ハッと目がいったのは、会見者の背後のボードに「大大阪」の文字が躍っていたからです。どうも、「大大阪」「大関西」を作ろうというキャッチフレーズを用いた活性化策があるらしいのです。

 当館は、11年前の開館時から、近代・現代フロアの愛称を<大大阪の時代>として、20世紀前半の都市大阪にスポットを当ててきました。そのころは、「大大阪」という言葉を知っている人は、専門家を除けばほとんどおらず、「大」がダブっているために、冗談まじりに“誤植じゃありませんよ”と言っていたものです。
 それが10年余りで、多くのみなさんがこの言葉を使うようになり、幅ひろく市民権を得ているようです。

 この言葉を歴史を捉え直すためのキーワードとして導入した当時でしたが、今では「大大阪」といえば、経済が繁栄しモダニズムが開花した素晴らしい時代、というふうに解釈されがちなようです。
 正直言うと、ちょっと待って、という思い。
 歴史は、あまりに分かりやすく捉えてしまっては見失うものが多い。歴史的な言葉は、自由に利用しすぎると歴史と真摯に向き合う姿勢から遠ざかってしまう……
 複雑な思いです。これが、いわゆる言葉の「独り歩き」か、と感じたりもします。この言葉を普及させようとした、普及させてきた一人として自省せずにはいられません。
 近年私は、若い人たちと歴史を学ぶ機会が多いのですが、歴史的に物事を捉え考えることの難しさ、それを伝えることの難しさを痛感します。自分の至らなさがもどかしい。

 来年も、この気持ちとともに過ごしていくような気がしています。




スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

なにわ歴博

Author:なにわ歴博
大阪歴史博物館

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。