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博物館で広報をするということ(その1)






 特別展「幽霊・妖怪画大全集」も終わって、特別展示室は次の展覧会の準備に向かい、エントランスホールには早い夏休みなのか、海外からの来館者が訪れている。

 最近、新聞で国立天文台の渡部潤一副台長のコラムを読んだ(日経2013年6月7日付夕刊)。
 「研究者が広報に携わって」というタイトルで、渡部氏の体験が綴られている。

 国立天文台は、1994年、広報普及室を設けた。当時30歳台半ばだった氏は、ある日、見学しようと国立天文台を訪れた高校生グループが、正門で守衛さんに追い返されているのを見た--という話を奥さんから聞いた。
 “若者を追い返すとは言語道断”と感じた氏は、そのとき“誰かが変えなくては”と広報室を立ち上げる決心をしたという。

 以下、氏のコラムからの引用である。

 広報の道に入ってからの道のりも平坦ではなかった。最近でこそ重要性は認識されるようになってきたが、当時はまだまだ。「貧乏くじを引かされたね」といわれながら、新規の企画はことごとく抵抗に遭い、実現させても「国立天文台の品位に悖[もと]る」と批判される始末。何度折れそうになったことかわからないが、それでも頑張れたのは、会津人としての頑固さだけでなく、天文学の面白さをもっと多くの人に知って欲しいという気持ちゆえかもしれない。(日経2013年6月7日付夕刊)

 現在は、国立天文台は誰でも自由に見学できるようになっていると、コラムを結んでいる。

 渡部氏のこの短文には、私たちミュージアムに勤務するものにとっても、うなずかされる面が多いだろう。
 そもそも、広報に携わることが、なぜ「貧乏くじを引いた」ことになるのか、また一般の方に親しみやすい事業を行うことが、なぜ「品位にもとる」ことになるのか、理解できない方もおられることだろう。

 思い出すと、私が学芸員になった頃は、博物館内では「広報」という言葉をあからさまに使ってはいなかったような気がする。一般の広報に当たる言葉は「普及」という語だった。博物館が行っている活動を世の中に「普及」させる、という意味である。だから、講座・見学会の類も「普及事業」と呼んでいた(呼んでいる)。
 いつから、はっきりと「広報」というようになったのだろうか。
 いま私が属するセクションは企画広報課と言っていて、明確に「広報」という語を用いている。この課が出来たのは12年前で、少なくとも2001年の当館オープン時には<博物館は広報に力を入れるべきだ>という意識があったことがうかがえる。

 また、博物館に来館される方を何と呼ぶかも、時代によって変わってきた気がする。
 比較的ニュートラルな言い方として、いつの時代も「来館者」という言葉が使われてきた。一方で、最近では一般の店舗などと同様に「お客さま」という表現をするケースも増えているが、かつてはそのような表現は使われていなかった。
 おそらくその理由は、博物館は社会教育施設であるのだから、そこに学びに来る人たちは「お客さま」ではないだろう、という考え方に基づいていると思われる。学校で学生・生徒をお客さまと言わないのと同様である。
 時代が移り変わって、博物館を単なる社会教育施設であると考える人が減ってきた。それと軌を一にして来館者もお客さまへと変化していった。博物館も、一般の商業施設と同じような性格を帯びてきたと捉えられている。

 博物館へ来館される方がお客さまであるのなら、お客さまに来ていただくために広報をするのも当然だということになるだろう。

 (この項、つづく)



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