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織田作展、準備中です!





 8月になり、秋季の展覧会も気になるところですね。

 ヱヴァンゲリヲン展の後は、特別企画展「生誕100年記念 織田作之助と大大阪」。
 現在、主催者の織田作之助生誕100周年記念事業推進委員会とともに、準備を進めています!


   織田作之助展


 広報用のチラシもデザイン中!! もうすぐ完成!

 展示品も、代表作「夫婦善哉」の原稿と初版本(大阪府立中之島図書館蔵)や、織田作之助の所用品など、貴重な品が満載です。

 ちょっと話が先走りましたが、織田作之助は、大正2年(1913)10月26日の生まれ。今年が生誕100周年になります。
 生まれたのは大阪・生国魂神社の近くですから、当館からもそんなには離れていません。

 愛称は「織田作(おださく)」。単に織田といっても、作之助といっても落ち着かないけれど、織田作と呼ぶと、しっくりくるんですね。
 織田作は短編の名手で、コンパクトな筋書きのなかに、特徴的な人物の人生がスリリングに描かれているという、今日の重厚長大な長編小説の対極を行っています。
 波乱万丈、浮き沈みの激しい人生がモチーフになるというのは、彼が活躍した戦中・戦後という時代とも関係があるような気がします。

 私が好きな作品は、たとえば「六白金星」。楢雄という破天荒な主人公の少年時代から長じるまでを描いた物語。楢雄の、調子はずれで、おかしな言動が次々とエピソード的に紹介されるのですが、その一々が笑えるけれど何だか分かる、といったものなのです。


 「巧いことやれよ。なに相手はたかが女中(メイド)や。喜んでお前の言ひなりになりよるやろ。デカダンで行け。」
 デカダンとはどんな意味か知らなかつたが、何となくその言葉のどぎつい響きが気に入つて、かねがね楢雄は、俺はデカダンやと言ひふらしてゐたのだつた。
「よつしや。デカダンでやる。」
「煙草飲め!」


 「デカダン」の意味が分からないくせに、デカダン気取りで行くという、あほらしいけれど、誰にでもありがちな心理を巧みに描きます。
 私が大好きなのは、兄・修一と将棋対決をするラストシーンです。


 約束の日、修一が千日前の大阪劇場の前で待つてゐると、楢雄は濡雑巾のやうな薄汚い浴衣を着て、のそつとやつて来た。黝(あをぐろ)くやつれた顔に髭がばうばうと生えてゐたが、しかし眉毛は相変らず薄かつた。さすがに不憫になつて、飯でも食はうといふと、
「将棋以外の口を利くな。」
 と呶鳴るやうに言ひ、さつさと大阪劇場の地下室の将棋倶楽部へはいつて行つた。
 そして盤の前に坐ると、楢雄は、
「俺は電話が掛つてから今日まで、毎晩寝ずに定跡の研究をしてたんやぞ、あんたとは意気込みが違ふんだ。」
 と言ひ、そしていきなり、これを見てくれ、とコンクリートの上へ下駄を脱いだ。見れば、その下駄は将棋の駒の形に削つてあり、表にはそれぞれ「角」と「竜」の駒の字が彫りつけられてゐるのだつた。修一はあつと声をのんで、暫らく楢雄の顔を見つめてゐたが、やがてこの男にはもう何を言つても無駄だと諦めながら、さア来いと駒を並べはじめた。


 奇想天外なエンディングだけれど、爽快感があります。
 まったくこれは、コメディアン・岡八郎の「さあ、かかってこんかい。オレは空手やってるんや。通信教育やけどな」というギャグと同じ感覚です。
 “あほくさ”と思うけれど、“憎めへん”のですね。

 こんな人物を愛着の目をもって描く織田作にも、興味がわいてきます。

 ということで、織田作の作品と生涯を余すところなく紹介する特別企画展「生誕100年記念 織田作之助と大大阪」は、9月25日(水)より、大阪歴史博物館で開催されます。
 ぜひ、ご覧ください! (詳しい情報は、当館ホームページで)



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